会わせたい人。
「会わせたい人がいる」
そう言われて小屋から連れ出されたメリッサだったが、先に立つサリフの後をついて歩きながらも頭の中では先程までの会話がぐるぐると回っているようで、時折フラフラと足取りが覚束なくなった。
石畳道に足を取られるたびに、横を歩くカシムとネスタがさりげなく腕を掴み支える。
それに小さく「ごめんなさい」と口にしながらもまたすぐにボーッと考えこんで足を取られる。
その繰り返し。
(……私って貴族の娘として失格だったんだわ)
領地を治め、領民を守り国王の下で国を守るのが貴族の役目。
散々家庭教師から言われてきた言葉。
なのにまったくダメダメだったのだと今ごろになってわかる。
戦争をしているのだと頭では知っていたのに、どこか遠い国の話であるようだった。
まさか王国が敗戦国になるなんて思いもよらなかった。
それは決してメリッサだけがそうであったわけではないけれど。
お父様はいつも領地のことより他の貴族との付き合いやら商売のことばかり。
義母は自分とマリエラを飾り立てるのに夢中で、あとは自慢話と噂話。
お茶会だの夜会だのと毎日のようにどこかの貴族の邸で集まりがあって。
商売、と思うと、ツキンと胸が痛んだ。
お父様に領民や家族のためだからと頼まれて月に数度だけ邸の片隅にひっそりと佇む小屋である薬を作って渡した。
それは若い娘が作るようなものでは本来なかったとは思うし嫌だったけれど。
渡す度にお父様はとても喜んでくれるしよくやったと褒めてくれるし、何よりそれのおかげで家が豊かになってきているらしいことはメリッサにもわかったから。
いつからか助手という名目の男がやってくるようになり、小屋に行くのがより憂鬱になった。最初は熱心にメモをとったりしていたようだったがすぐにただ眺めるだけになった。
年頃の娘を小屋で男と二人きりにするなんて。
お父様はどういうつもりなのか、悩んだりして。
男は父に強く妙な真似をするなと言い含められていたのか、メリッサに触れようとはしなかったけれど、時折その目がメリッサの身体を舐め回すように見ていることがあって、メリッサは部屋に戻ってから一人でひっそりと肩を抱いて震えた。
「こちらです」
ふいに声をかけられて、メリッサははっと目を瞬く。
メリッサがカシムたちの村を救った薬師だとネスタから聞いたサリフはそれ以来メリッサに対して畏まった態度をとるようになってしまった。
メリッサからすればあれはあくまでも偶然居合わせたというだけで、救ったなんて大袈裟だと思うのだけれど。
「……ここ」
メリッサは目を見張る。
森を抜けてほぼまっすぐに歩いてきた。
すると現れたのは広い平原。
そしてそこに設けられたいくつもの天幕と材木を積み上げて作られた簡易的な、だが幾重にも重ねて並べなれた柵。
内側には明らかに兵士らしき大勢の人。
サリフは近くにいた見張りらしき兵士たちに短く話をしてメリッサたちを手招く。
「会わせたい人はこの中にいます」
「……で、も、ここって」
「ええ、帝国軍の駐屯地です」
馴れた様子で先を進みながら時折すれ違う兵士に挨拶をするサリフの後ろをメリッサたちは無言でついて歩いた。
いつもは常にあれこれと口を開くカシムでさえ口をつぐんだまま。
「ここにいらっしゃっいます」
サリフは一つの天幕の前で足を止めた。
「あの、誰が?」
「薬師様です。帝国軍の」
そう言ってサリフは天幕の入口に手を掛けた。
「貴女が流行り病をなんとかしたいとお思いなら、あの方と話をして下さい。今流行り病が一番広がっているのはここです」