開拓村。
開拓村。
まだ名もなく知る人にだけそのように呼ばれる村にメリッサたちの馬車が着いたのは、翌朝朝食時を少し過ぎようとする頃ーー。
「……こんなところに」
メリッサは純粋に驚きと感嘆の声を洩らした。
そこは森の側というより森の中にあった。
隠れ里、というのがぴったりかも知れない。
木と木の隙間を縫う馬車一台がギリギリ通れるだけの細い道を進んだ先にぽっかりと開いた空間。
森の木を伐採して開けた場所に土を均し、いくつかの家と石造りの道が作られているらしかった。
まだ柵はなく、代わりに村を囲むように切り落とされた木材や石が積まれている。
その積まれた木材の隙間。
村の入り口らしき場所には男が二人。
男たちは馬車を認めると、顔を見合わせてから近付いてくる。
「止まれ!」
鋭い声が威嚇するように上がる。
「ねぇ、なんだか歓迎されてないみたいよ?」
「うぅぅん。すっごいピリピリしてる感じだね」
メリッサはカシムと二人、密やかに囁き合う。
馬車の中での会話なのだから、普通に話したところで外には聞こえるはずもないのだけれど、なんとなくだ。
それでもどことなく緊張感に欠けるのは、少しだけ上げた幌の隙間から見える穏やかな朝露に濡れて煌めく景色のためだろうか。
それともとにかく無事に開拓村にたどり着いたという安堵感か。
僅かな仮眠しか取っていない身体の疲れのためか。
あるいは覗いた視線の奥、近付いてくる男たちの先に見える村の景色が、穏やかなものだからか。
篭を手に持って歩く年嵩の女性。
何事かと家の壁に隠れながらもチラチラとこちらを窺う何人もの子供たち。
軒先ではためく洗濯物。
流行り病とは一見無縁に見える穏やかな村の朝の光景がそこにはあった。
「カシム!デカクなったな!!ネスタもちーっと腹回りが出てきたんじゃないか?」
「サリフ叔父さん!」
「おう!久し振りだな、そっちこそ随分太ったんじゃないか?」
メリッサたちは入り口側の管理所らしき小屋に案内された。
見張りの人間が交替で寝泊まりしたり休憩をとったりするのだろう。
小屋の中には小さな土間と部屋が一つ。
土間には四人掛けのテーブルと棚が一つ。
部屋には壁際に無造作に丸めた布団が三つ。
必要最低限のものしか見当たらない小屋の中はとても家としての様相は調ってはいない。
そもそも厠なのだろうドアは土間の隅にあるが、台所がない。
食事は別の場所でとるか持ち込んで食べているのだろう。
「悪かったな。愛想のない出迎えだっただろう?」
メリッサたちがその小屋に案内されてすぐ、背の高い大男が顔を見せた。
カシムと同じ黄土色の髪に目のその大男は小屋に入るなり豪快に笑い声を上げカシムに歩み寄ると甥の自身と同じ色の髪をわしわしとこねくりまわす。
ニカッと笑う口元から覗く歯の一本が抜けていて、ほんの少しだけ間の抜けた印象を与えた。
「あぁ、随分警戒心剥き出しの歓迎だったな」
ネスタがそう言うと、「王国側から来る人間は少ないからな」と大男ーーサリフは頷く。
「ここは王国の土地にあるが王国には属さない村だ。いつ役人や兵士が大挙してやって来るかも知れない。スパイもな。だから王国側から来る人間には少々過敏なんだよ」
「おいおい、大丈夫なのか?」
「なあに、こそこそしてるのもあと僅かだ。交渉が纏まれば実質王国は帝国の占領国になる。そうしたらここももっと大っぴらに開拓を進められる」
「帝国の占領国」とメリッサは口の中で繰り返した。
「……あの、やはりこの戦争は帝国の勝利、なんでしょうか」
メリッサは意を決して、顔を上げ、その言葉を口にした。
サリフの少しばかり厳つい顔が「おや」とカシムたちの後ろで控えめに座っていたメリッサに向けられる。
この時になって初めてメリッサの存在に気づいたのか、訝しげに見つめる視線にメリッサは返す瞳を緊張に揺らした。