噂話。
「ちょいと失礼するよ、お嬢さん」
幌を上げ、荷台を覗いた男は奥でフードを目深に被り縮こまるメリッサにそう声をかけた。
後から御者台を降りてきたネスタがメリッサのその様子を見て苦笑いする。
「悪いな。妹は昔まだ子供のうちにちょっとあってね。ーー男が苦手なんだ」
「それは気の毒に……。これだけ可愛らしいと、なぁ。色々あるんだろう。悪いね、すぐ終わるから」
ネスタの含みを持たせた物言いに、何を想像したのか男は何度も「気の毒になぁ」と口にしながら手前に出しておいた荷の蓋を開けた。
中身は細かい木屑が入っている。
蓋を開けた途端、フワリと柔らかな匂いが荷台の中に広がった。
「香か?」
「ああ。村の側の山に香木を見つけてね」
それはメリッサが川の側で見付けたものだった。
通常香木を木片にするまでには削ったり乾燥させたりと結構な手間と時間がかかる。
だが工程の一部をメリッサが魔法で行うことで、短時間で質の良い香を作ることができた。
もともとはそれを後々それを売って村の資金にしてもらうつもりで作ったものだったが、それを見た村長とネスタが開拓村への土産にすると同時にこうした時の旅の理由に利用することにしたのだ。
「いい匂いだ。これなら商売も上手くいきそうだな。よし、通っていいぞ。怖がらせちまって悪かったねお嬢さん。ーーああ、そうだ」
「ん?どうかしたか?」
「いや。……隣国に行くのならしばらくここいらで時間を潰して少し待ってから向かう方がいいかも知れないぞ?」
「ーー何?」
ネスタが眉を寄せる。
メリッサもどういうことかと顔を上げた。
「まだ広くは広がってないんだが、ヤバイ噂がある。隣国へ向かう山の麓辺りに流行り病が広がってきてるってな」
メリッサはカシムと顔を見合わせる。
(流行り病。ーーまた?)
カシムの村と同じように山の麓。
同じ時期。
「あの、ネスタさん」
男が次の馬車に向かったのを確認して、メリッサは口を開いた。
が、それをネスタは首を振って遮る。
「とりあえず宿で情報を集めよう。人の集まる宿なら噂話は拾いやすい。どうするかはそれからだ。出発するぞ」
「……はい」
ネスタの言うことはまさにその通りで。
けれども重なるその符号にメリッサはもしかしたら、と思わずにはいられなかった。
そしてもし、その通りだったとしたら。
(……早く治療しないと間に合わない)
この町から薬師は出ているのだろうか。
出ているのなら然したる被害はなく病は収束に向かうかも知れない。
けれど大抵の場合において、このような大きな町に診療所を構える薬師はわざわざ金にならない小さな村に向かおうという者は少ないと聞いたことがある。
流行り病。
ましてまだ録に状況もわかっていない状態ならなおさら。
流行り病なら薬師自身も危険に犯されるのだから。
なかにはもちろんそれでも助けにいこうとする薬師もいるだろう。
だが町がそれを許すだろうか。
病が広がってくれば町にも患者は現れる可能性がある。その時のために薬師を止める町も多い。
ゴトゴトと音を立てて動き出した馬車の中で、メリッサは逸る気持ちを抑えられなかった。