検問。
前方の町にたどり着くと、メリッサもそっと幌を上げて高い外壁を見上げた。
町を囲う外壁を見るだけでもわかる、大きな町。
メリッサの父が治めていた領地で一番大きな町と比べても倍ほどもあるだろうか。
この辺りでは一番大きな町だというが、とにかく立派だ。
うわあ!と隣でカシムも声を上げている。
「身近で見るとますますデカいね!」
「……ええ」
でも、大丈夫だろうか。
小さな町なら入るのは簡単だ。
村ならもっと簡単。
まともな門もないし、入口に人が立っていない村や町だって多い。
けれど。
ここのような大きな町では高い外壁があり、入口には門が設けられている。
王都に近い町では貴族が利用する門と平民が利用する門が別に設けられていたりもする。
この町にはそういったものはないようだが、外壁には三ヶ所、南東と南西、それと北側に門が設けられ、南東は主に荷の大きい商人が、南西の門は旅人や町の者が、北はウェルダール砦の方へ向かう者が利用するらしい。
北の門から先には小高い山がいくつも連なり、その向こうにウェルダール砦やメリッサたちが向かう開拓村、その奥には隣国との国境がある。
メリッサたちが向かうのは南西の門。
その前にはいくつかの馬車と数人の徒歩の列が出来ていた。
門の手前には検問らしきものが見える。
メリッサは自身の鼓動が早まるのを感じた。
「メリッサ?」
首を引っ込めて縮こまるメリッサに、カシムは訝しげに首を傾げる。
「大丈夫かしら。何事もなく通れるのかしら」
その場で捕らえられて牢に入れられるのではないかと、メリッサは動揺しつつ、フードを目深に被った。
「……あんまりビクついてると逆に怪しいと思うけど」
「それは、そうだけど」
二人が言い合っていると、ふいに御者台の方がガタンといい、メリッサはビクリと肩を震わせた。
見ると小窓が開いて、ネスタが顔を出している。
「おう、荷台を確認してるみたいだから一つ二つ荷を手前に出しておいてくれ……ってどうした?」
「メリッサがビビってる」
「あぁ、なぁに心配ないだろうよ。こないだも大丈夫だったろう?」
「……でも」
あの時は荷台までは確認されなかった、とメリッサは胸の中で反論した。
村を出て一度だけ、馬車を兵士に止められたことがあった。
その時は「茶の髪に瞳の若い女性を見なかったか」と質問されただけで、拍子抜けなほどアッサリと解放されたけれども。
「……確かに村の近くでは探してるようだったけどな。2日ほど前からはそれも聞かなくなっただろう?」
馬車道を走っていると、何度も別の馬車に会うことがあった。
そのたびにネスタは御者同士で挨拶がてら情報交換をしている。
世間話や先の道の様子などだが、ネスタはその中でさりげなく「そういやこないだ若い女がいなかったかって兵士に止められたんだが何かあったのかね?あんた知ってるかい?」と質問を紛れ込ませていた。
村を出てしばらくは自分たちも会った、という馬車が多数いたのが、少しずつ減っていき、2日ほど前からは聞かなくなった。
「誰もあの辺りで見たという者がいないんだ。奴らだって別の方向に向かったか、道を反れて獣にでも襲われたと思ってるだろうよ。すでに探すのも諦めてるんじゃないか?とにかくそんなビビった顔してちゃかえって怪しい。ま、おっさんに任しときな!」
「なんだよ。ネスタおじさんのクセにちょっとカッコいいじゃん」
「ばーか。俺様はいつでもカッコいいんだよ!」
「おっさんのクセに」
「うるせーくそガキ。……っと、あー、どーも」
前半はカシムに向けて、後半は検問の警備に向けてである。
「この町にはなんの用だ?」
馬車の外に聞こえる声に、メリッサはぎゅっと心臓をわしづかみされる思いがした。
「ああ隣国にちょっとした商品の売り込みをね。今回は試作品だけで量が少ないからこっちの門に並んだんだよ」
「なんだ商人か?」
「いや、本業は樵だけどな。村の特産品になりそうなもんが出来たんでね。なんならあんたらも奥方に買っていくかい?安くしとくよ」
「生憎仕事中でな。一人か?」
「中に妹と弟がいる」
「一応荷を改めさせてもらうぞ」
そう告げた足音が後部に近付いて来るのに、メリッサは悲鳴を上げそうになったがネスタは「どうぞー」とお気楽な口調で返している。
平静を装おおうとしつつも、震えの止まらないメリッサの手をカシムの手がぎゅっと握った。
カシムはにかっ!と笑って、
「だーいじょうぶだって。おねえちゃん」
と耳元に顔を寄せて呟いた。