村長のお願い。
「メリッサ!見てよ!スッゲーでっかい町だよ!」
幌つき馬車の後部、幌を上げて上半身を突きだしたカシムが前方を覗いてそう声を上げた。
「カシム、危ないよ?落ちても知らないから」
「大丈夫だーいじょうぶ!……わっ、と」
言ったそばから体制を崩したカシムの腰にメリッサは慌ててしがみついた。
「もうっ!言ったそばから!!」
「アハハ、ごめんごめん」
「二人とも、あの町に2日ほど滞在して食料やらの買い足しをするぞ」
御者台の小窓から男が顔を見せ、告げる。
「わっ!やった!?」
カシムが歓声を上げた。
「カシム。遊びに来たんじゃないのよ?」
「わかってるよ!でも少しくらいいいじゃん。な、メリッサ!後で食べ歩きしよう!!」
「……もう」
全然わかってない。
「はははっ!まあ少しくらいならかまわんさ。だが迷子にはなるなよ?」
顔を前に戻しながら御者台の男ーーネスタがカラカラと笑う。
村の樵で、ちょうどメリッサが村に着いたその日に病に倒れた男だった。
症状が出たばかりであり、働き盛りの大人の男でもともと体力があったこともあり、わずか2日ほどで起き上がることができた。
この旅のカシムとメリッサ、二人の保護者というべき役割を担っている。
時は少し遡り。
蒼白な顔のメリッサと、それに驚き心配顔のカシムにその手を握ったシムラという三人を見付けた村長は「薬師様。ちょうど良かった」そう言って穏やかに笑んだ。
「実は薬師様にお願いしたいことがありましてな」
「私に、ですか?」
「はい」
村長は頷いてメリッサたちを村長が借宿にしている家に誘った。
村の中では比較的大きな家で元は老夫婦とその息子家族が暮らしていたらしい。
今では息子夫婦は村を出て老夫婦だけとなっている。
「この村の井戸はもう駄目そうです」
嘆息混じりに村長は肩を竦めて言う。
「……もう限界なのでしょう。我らは別の土地に移ろうと思います」
「どこかあてはあるんですか?」
メリッサはそう反しながらも、内心では首を傾げていた。
先程の兵士たちはメリッサを探していたのではないのだろうか。
なかったとしても何故、このような話をメリッサにしているのか。
「実は以前より誘いを受けておった場所があるのです。ウェルダール砦をご存知ですかな?」
「……はい」
確か、隣国との境にある砦だ。
けれど。
「あちらは今戦時下にあるはずです」
「左様。ウェルダール砦は王国の最前線というべき場所ですが。その砦の南東に小さな森がありましてな。森の麓に開拓村があるのです。一応はまだ王国領ですが、すでにその辺りは帝国の半占領下にあります」
「そんな……」
メリッサは目を瞬き、息を飲んだ。
「辺境のことですし、まだ広くは知られていないようです。もともとあの辺りは未開拓の土地が多く王国では捨て置かれていたような場所ですし。王国側からの通行の便も山を越えますから、悪いのですよ。我らはこの村を出ていった者がそちらに落ち着いたらしく、その者から話を聞きましたが」
「……そう、なのですか」
父から聞いていた話では戦況は一部ではまだ激しい戦いが続いているが、概ね和平に向けて交渉が進められており、あくまでも王国側が有利に進んでいるというふうに聞かされていた。
だが戦況はメリッサが聞いていた以上に王国の敗色が濃いのかも知れない。
「我らはそちらに参ろうと思います。ただし帝国の庇護下に入るということですから、大っぴらに村ごと引越しというわけにはいきません。まずは誘いをくれた者に手紙を出して、それから村の人間を数人ずつ移していくつもりです。薬師様はこの国を出るつもりだとお聞きしました。よろしければその手紙をそこのカシムと共にその開拓村に届けては頂けませんか?」