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妄想。

「……誰が、次期国王だと?」


しん、と静まり返った場を遮ったのは、国王の掠れた声。


「私です」


もはや、執務室であることなど歯止めにはならなかった。

国王は大きく息を吐くと、両手で頭を抱えた。


「……頭が痛い」


ぼそりと憔悴しきった声が国王の口をつく。


「お前は何を言っているのかわかっていて言っているのか?この国には王太子がいるのだぞ?もちろんお前ではない」


コルトの呆れ声に、ヘルトは「それがなんだ!」と嘯き、何故かフン!と鼻息荒く胸を張った。


「第一王子だから致し方なく王太子としただけでしょう?そもそも父上は兄上たちが嫌いじゃないですか!だから兄上を王太子としたものの戦場へ、しかも最前線に送ったのでしょう。ケーリカ公爵だって早くに王籍から排除して一貴族に落としたのではないですか。一の兄が戦場で命を落としてくれれば労せず私を次期国王に指名できますからね」


今度こそ部屋の中の全員が絶句した。


「なんということを……」


宰相はそう戦慄きながら肩をガックリと落とし、姉弟は二の句を次げずに呆然と立ち尽くしている。

国王はと言うとポカンと口を開けてしばし放心していた。


が、じわりじわりと自身の末の息子が告げた台詞の内容が頭に入るに従い、わなわなとその身体が震えだした。


「こ、の、馬鹿者が!?」


大音響の怒鳴り声が空気を震わせる。


至近距離でそれを無防備に浴びたヘルトは「うひぃっ!」と情けない声を上げて尻餅をついた。


「このわしが血を分けた実の息子を死んでくれと願って戦場に送ったと言うのか!しかも貴様のような愚か者のために!」

「だ、だってそうではないですか!でなければ最前線になど送らないでしょう!?それに父上は兄たちには昔からずっと厳しくして、すぐに怒って……。比べて私にはいつも優しくしてくれたではないですか」


国王は椅子から立ち上がり、尻餅をついたままのヘルトの顔に容赦のない蹴りを浴びせた。


「ひいいっ!」


わたわたと両手両足ををばたつかせながら尻を引きずって後ずさるヘルト。


美形と称賛されるその顔は流れ出る鼻血で見る間に真っ赤に染まった。

折れたのか、その鼻は歪に形を歪めている。


「な……何をなさるのです。父上」


半泣きで顔を見上げてくる息子に、国王は冷ややかな眼差しを向けた。


「いい加減その口を閉じよ。これ以上汚らわしい妄想は聞きたくもないわ。王太子を送ったのはあれ以外に帝国との交渉を締結できる人間がいないと判断したからだ。こやつに関しては……」


国王が視線を向けると、落ち着きを取り戻したコルトは苦笑して肩を竦めてみせた。


「本人がそれを強く望んだからだ」


国王はコルトの仕草にふと、女のために馬鹿な真似をするところはやはり兄弟か、と思う。



第二王子であるコルトがまだ18の時に王籍を抜けたのはその時の恋人が子爵令嬢だったからだ。

王族は伯爵家以上からしか妻をめとれない。

結婚して貴族の婿養子になるにしても子爵家では婚約すらできない。


そのためコルトは自ら貴族に下ることを決断した。

王族でなくなれば子爵令嬢を妻にできる。

そのために。


「王太子に何かあればどうする!」


当時、そう詰問した国王にコルトはあっけらかんと。


「姉上が女王になればよろしい。姉上が国王、義兄上が王配なら口煩い貴族たちも何も言えないでしょう?」


笑って言ってのけたものだった。


公爵となったコルトは恋人と結婚して今では二人の子供をもうけている。


「……は、馬鹿な自らそんなことを望むわけが」

「口を閉じよと言ったはずだ。貴様の声など聞きたくもない。だいたい兄たちを厳しく教育してきたのは次期国王とその控えであり補佐となるべき立場だからだ。貴様に甘くしたのは逆にけして後を継がせるつもりがないからだ」

「……そ、そんな嘘です。ね?父上、嘘ですよね?」


泣きべそをかきながら足にとりすがるヘルトの身体を、国王は一瞥して足を上げ振りほどく。


「第三王子、ヘルト・アルバッハ。そなたに勅命を下す。ウェルダール砦へ行け。最後に王族としての務めを果たすがいい。交渉の場ではなく文字通りの最前線ーー死地だ。もし生きて戻ってきたら、北の僻地にでも領地にやろう。件の娘と結婚でもなんでもさせてやる。ただし爵位はやれて騎士爵だがな」


騎士爵は一代限り。

子供が出来ても継がせることはできない。


「……もっとも生きて戻れればだが」


口の中で呟きながら、国王はウェルダール砦で相対する敵将を頭に思い浮かべる。


クロイス・ヘルトバルト公爵。

自国兵が魔王、と呼ぶ男のことを。


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