村への訪れ人。
メリッサには懸念があった。
メリッサはマリエラに毒を与え殺そうとした容疑がかけられている。
それがヘルト王子によってつまびらかにされたのは、メリッサとヘルト王子の婚約発表の場。
あの日、あの場には大勢の人たちがいた。
普段ならドヴァン伯爵領のような田舎に訪れることなどない上位貴族の面々も。
それはメリッサの相手がこの国の王族だったから。
国王の代理として、第二王子も出席していたはずだ。
その人には予定道り宴が進んでいればヘルトと二人、まず最初に挨拶をする予定だったけれど、宴の序盤すぐにあの騒ぎで、メリッサはいったいどなたがその人だったのかもわからない。
本来はヘルト王子にエスコートされて会場入りし、婚約発表を行った上で来賓に挨拶に回る予定だったのを、あの日のメリッサは支度の途中に突然訪れたヘルト王子に腕を取られ、引きずられるように会場に連れ出され、周りを窺う余裕もない内に婚約破棄を告げられた。
父によって勘当を言い渡され部屋に閉じ込められ、翌朝には使用人に連れられて家を出された。
けれども。
これで終わりなのだろうか。
そう思っていたのだ。
メリッサを置いていった使用人はマリエラの意向で正式に罪を訴えないことになった。
とそう言っていたけれど。
ドヴァン伯爵家や、ヘルト王子がそれで納得したとしても、王家はどうだろうか?
王家にしてみればメリッサは正式発表はまだではあったものの第三王子の婚約者で、その婚約者が自身の妹を殺害しようとしていたことになる。
王家から打診した婚約者が罪人だなどと、そのようなことはあってはならないこと。
メリッサは王家の威信にも泥を塗ったことになるのだ。
メリッサが家を出され、この村に来て10日。
早馬を飛ばせばここから王都までは4日か5日。
あの場にいた誰か、例えば第二王子が王都に早馬を出してあの場の騒ぎを王に報告したとして。
メリッサを捕らえるための兵士なり使者なりが訪れたとしてもおかしくはない時期だ。
村長たちはしばらく話をしていたけれど、やがて男たちは村の中には入らずに去っていった。
メリッサは木陰に隠れたままその背を見送る。
(……早く、早くここを出なくちゃ!)
この村を、一刻も早く。
でないと村の人たちにも大変な迷惑をかけることになる。
罪人を匿ったなどという疑いをかけられたら、いったいどんなことになるか。
「メリッサ?そんなとこで何やってんだよ?」
無邪気なかけ声に、メリッサは上げかけた悲鳴を喉の奥で飲み込んだ。
振り向けばシムラの手を握ったカシムが驚きを顔に浮かべて立っていた。
「……カシム」
「どうしたんだよ?具合でも悪いのか?顔真っ青だぞ?」
「えっと、その……」
「薬師様!」
あぁ、カシムの声は村長たちにも聞こえてしまったらしい。
近付いてくる村長たちの姿を、メリッサは蒼白な面持ちで眺めることしか出来なかった。