病の終息。
「具合はどうですか?」
メリッサは手を取り、脈を測りながら聞いた。
「ずいぶんと楽になりました。いつまでも寝ているのが落ち着かないくらい」
カシムの母、セリカはそう言って笑った。
「うん。熱も下がったし、脈も正常です。でもまだ体力は戻りきっていないのでムリはダメですよ。後、最低でも三日は寝てて下さい」
しっかりと念を押して、メリッサも笑う。
メリッサがこの集落を訪れてから10日が経つ。
最初に症状が出て、他の誰よりも重症であったセリカが身体を起こし話ができるまでになった。
そろそろお役後免かな、とメリッサは思う。
後はしばらく薬の服用を続けて、しっかり寝て食べて体力の回復をはかるだけだ。
もう薬師の出番は終わりだろう。
あの後も二人ほど熱や腹痛を訴えていたけれど、早めに薬を飲み、身体に入り込んだ虫を下すことでそれほど悪化することもなく、一番早かった人は一日で動けるまでになっていた。
この集落を襲った流行り病。
その正体は寄生虫だった。
コモイタチは山の中腹に生息するネコほどのサイズの動物である。
見た目はクリッとした目の愛くるしい様をしているが、肉食で兎や鼠を狩って食べる。
普段は山に土を掘ったり柔らかい木の根元に穴を作り、生活している。
だけども山に獲物が少ない年だと人里近くに餌を求めて降りてくることがあり、沢の側で見かけたという個体もそうだったのだろうと思われる。
コモイタチは身体の中に主に二種類の人に害を成す寄生虫を持っていて、コモイタチのフンにはその卵が混じっていることがある。
餌を求めて降りてきたコモイタチが沢の近くやその中でフンをし、その沢の水を飲んだ人が熱を出したり腹痛を訴えたりした。
ただし、この寄生虫は熱に弱い。
なのでしっかり煮沸してあれば飲み水としても問題はないのだ。
けれど、集落の人たちはこれまでの何度も沢の水をそのままで口にしてきた。
それで平気だった。
だから、今度も大丈夫。と油断して、結果病にかかった。
今は皆しっかりと煮沸してから口にしている。
「でも本当に運が良かったです。別の寄生虫だったら私の手には負えませんでしたから」
メリッサはセリカの身体を診た時、そのことに心底安堵したのだった。
コモイタチが連れてくる禍ーー寄生虫には主に二種類がある。
一つは今回セリカを襲ったもの。
もう1つは今のこの国の医術では決して手の出せないもの。
どちらも煮沸で死滅することも症状も、よく似ている。
ただもう1つは身体に入り込んだ後、身体の中に袋を作る。
その袋を内臓の壁に粘着性のある糸を出して張り付け、その中で成長していく。
成長すると袋も大きくなり、下腹部にコブができる。腹水をが溜まるので腫れもあり、喉や腋の下、肘膝の裏側の部分にブツブツと赤い湿疹がでるのも特徴だ。
袋はある程度大きくなると虫下しでは外に出せない。お腹を切って、直接切り取らなくてはならないのだ。
「これからも必ず沢の水は煮沸してから使うことを習慣にして下さいね」
メリッサはそう言って立ち上がる。
さあ、そろそろカシムにお別れを言おう。
臨時の診療所となっている村長の家を出てカシムの姿を探していると、村の入り口付近が何やら騒がしいのに気づいた。
複数の人の話し声。
馬の嘶き。
メリッサは嫌な予感に胸が戦慄くのを感じた。
無意識に握りしめた両手にジットリと汗が浮かぶ。
「……ぁ!」
木陰に身を潜めて騒ぎを覗くと、そこには予感の通りの光景があった。
ドヴァン伯爵領の守備隊の制服とは違うけれど、確かに軍人なのだということが一目でわかる数人の男たち。
男たちは対応に出た村長にいくつか質問をしているようで、それに村長や後ろに控えた村の人たちが頭を振っている。
(……こんな場所に兵士だなんて)
メリッサの心臓は早鐘を打つように脈打ち、背筋は逆に凍りついたように冷えた。
(やっぱり私を?)
探しているのだろうか。
やはり、罪人として捕らえるために。




