家庭科室の鏡 其の2
ソノラと名乗った少年は、にこにこ笑顔で聞いてきた。
『ねぇねぇ、君は何て名前?どうしてきたの?ほら、こんな時間に人が来るなんて珍しいでしょ』
「わ、私の名前は秋月優奈。私、あの、彼方って人を助けるためにここに来たの。ねぇ、君はなにか知らない?」
『……ふーん。そういうことかぁ』
私の言葉を聞いたソノラは俯き何かを呟いた。小さすぎて聞き取れなかったが。
『ごめんね、ユウナ。僕はなにも知らないや』
顔を上げ、てへっと下を出すソノラ。その顔に嘘は見られない。
「そっか、じゃあ私は帰るね。ありがと」
『ううん。君は帰れないよ。だって――』
私が帰ろうと鏡に背を向けた瞬間。
腕を強く掴まれ、引っ張られる。突然のことにバランスを崩す。
「うわっ」
『君はここで死ぬんだもん』
ドテッと床に尻餅をつく。
痛いと思ったのもつかの間、私の目の前には鋭く尖った鏡の破片があった。その1つ1つに私の驚いた顔が写っている。
鏡写った私の後ろにいるソノラが腕を上げ、降り下ろすと鏡達は鋭く尖った方をこちらに向け、襲いかかってきた。
「っ!」
間一髪のところで避ければ、床や壁に鏡が刺さる音がした。その音に思わず息をのむ。
『もう、何で避けちゃうのさ』
「わ、私まだ死にたくない!」
ぷくーっと頬を膨らまして拗ねながらもソノラは再び鏡を仕向けてくる。私はそれを走って避けながら叫ぶ。机の下に隠れたり、フライパンを盾にして防ぐもそこから鏡は抜け、再び襲いかかってくる。
『何で?死んだら上も下も関係なくて空を飛ぶのもなにするのもし放題。自由自在なんだよ。ほとんどの人には姿は見えないから、女子のスカート除くことだってできる。ね、最高でしょ?』
「ちょっ、へんたーい!」
私はスカートを押さえる。彼は変態だった。いや、少年かと思えば当たり前なのかもしれない。
「っ!」
左腕に鋭い痛みが走った。
見てみると鏡がかすったようだった。みるみるうちに、赤い球が出来ていく。スゥと血の気が引いていくのを感じた。
その時、フッと翔太先生の顔が頭の中を過ぎる。あぁ、変なことになる前の昼休みに戻りたい…。
(そうだ。先生から貰ったお札。これを使えば…!)
『ねぇねぇ、そのポケットに入っているお札。それ誰から貰ったの?』
「ひっ!」
少し意識が離れていた間に横から聞こえてくる声に思わず声が出る。
恐る恐る隣を見ると、愉しそうに笑ったソノラがいた。その顔は確かに笑っているはずなのに、私は悪寒がした。
「こ、これは…」
『ねぇ、もしかしてそれ僕に使おうとしてるの?だったら見過ごせないなぁ。まぁ、君にそんなものが使えるとは全く思えないけど。…とにかく、危ないからそれ僕にちょーだい?』
無邪気に笑って両手を差し出してくるソノラ。顔の周りからはさっきと違い明らかに殺気に満ちていた。
「い、嫌だ」
『…そう……それは残念だよ。だったら、君にはここで死んでもらうね』
低い声でそう言うと私から離れながら再び手を上げる。後ろにある窓から入ってくる月の光によってソノラの顔は影に隠れ、表情を知ることは出来ない。それが一層怖さを増していた。
私もお札を空にかかげ、叫ぶ。
「ふ、札よ。私を守る盾を造って!お願い!」
お札が光るのと鏡が迫ってくるのは同時だった。
目の前まで迫ってくる物にもう駄目だとギュッと目をつむる。
(あれ…来ない……?)
目を開けば私は驚愕した。
なんと、水の結界が張ってあったのだ。水だと飛んでくる鏡は通り抜けてくるのではと思ったが、結界に入った瞬間鏡は何故かいきなり止まって落っこちていく。
『へぇ…君ってすごいねぇ。お札使ったの初めてなんだよね?よく使えたよ。センスあるんじゃない?』
結界が解けると、ビックリした顔のソノラがいた。
先程のような殺気は消え、素直に驚いている。
『…まぁ、もうお札は使えないし、君には死んでもらうね』
そう言って再び襲いかかってくる。
私も逃げるがもう体力の限界に近かった。足が重く、前に出すのが辛い。
(この状況をどうすれば……そうだ!)
『なんか思い付いた顔でもしてるけど、どうしたの?君がどんなことするかはわからないけど、僕は負けないよ』
「わ、私ってそんなに感情が顔に出てる?」
思わず聞けば、首を縦に動かされる。
「そ、そんな……」
こんな状況だがガーンってくる。悲しい。
『そんなことより……さぁ、いくよ』
ソノラは不適に笑うと、再び鏡が襲いかかってきた。今まで以上に速く量も多い。あれに当たったらと思うと。うぅ、怖すぎて想像したくない。
(まぁ良い。私は最後の力を振り絞ってやるだけだ)
『君、そんな逃げてて疲れない?そろそろこれも終わりにしようよ。僕、飽きてきちゃった』
そう不貞腐れるソノラに対し、私は余裕を見せて笑う。ニコッと。
「そうだね。終わりにしよっか」
私の走る後ろを追いかけてくる鏡。私が避ければその先にある物体に刺さっていく鏡。そして、律儀にもわざわざ抜けて再び追いかけてくる鏡。この性質を使えば勝てないわけではない。
目の前に、ソノラが宿っているという鏡が迫る。そこに向かって、私は走る。そして、直前で床にスッと伏せた。
目には目を歯には歯を……つまり――
鏡には鏡を――!
パリンッッ!!!
そんな激しい音と共に周りに鏡が飛散する。
私の体にも飛んでくる。足や腕に傷がつく。痛い。
(し、下向いてて良かったぁ…)
本気でそう思った。だって、横を見れば、そこら中に鏡の破片が落ちていたんだから。
周りに気を付けながら立つと、呆然としたソノラがいた。
『うそ…でしょ……』
そう呟く彼の元へ歩みより、不敵に笑う。
「どう?私はまだ死なないよ」
『……ははは、そうだね。君はまだ死ななさそうだ』
そう笑って、ハァとため息をつく。そんなに悔しかったのだろうか。
俯いてしばらく黙るものだから、心配になってくる。声をかけようとしたそのとき、パッと顔をあげるとそうだ、となにか思い付いた顔をしていた。
『………ねぇ、僕と友達にならない?君といたら退屈しなさそうだ』
薄く笑って、手を差し出してくるソノラ。それを見て私はフッと笑う。
「本気で殺された直後に友達~?君、世間をなめてませんか?」
『う。…それは……』
挑発するように言えば、ソノラは声をつまらせた。
気まずそうに手を戻そうとする彼の手を私はがしっと強制的につかむ。そしてブンブンと縦に振る。
「ま、良いけどね」
『え?……良いの?』
私の言葉に目を丸くする。その顔があまりにもおかしすぎて、プッと笑ってしまった。
『ねぇねぇ。その箱はなぁに?』
「あ、それは…」
指を指されたポケットに入っていたのは、先生から渡された箱だ。手に取ると、ソノラは断りもなく、開けてしまった。
「…どうしたの?」
箱の中を見てから、黙ってしまった彼に私は少し心配になる。
彼は顔を上げると、ニヤリと笑った。
『ちょっと待っててね』
そう言って、自身が宿っていた鏡の近くへ行き、何かを探し始める。そして、1つの鏡を拾うと、なにかに当てはめ、こちらへ戻ってきた。
『はい。これ、あげる。僕の宿っていた鏡だから、お札なんかよりずーっと頼りになるはずだよ』
そして、何かをズイッと渡してきた。それは、鏡がはまった小さなペンダント。
「あ、ありがとう…」
『肌身離さず持っとくこと。約束ね。それじゃ、そろそろ帰らないと夜が開けちゃうよ』
指を指す方向を見れば、日はまだ見えていないが空が明るくなり始めていた。
アヤカシという異なる存在といたことで、不思議な気分だったのが現実へ戻される。
「うわっ、やばい。どうしよう」
私が慌てて帰ろうとでも、この散らばった鏡をどうしようとあたふたしていると、その光景を見ていたソノラはしばらくして、フッと笑った。
『あぁ、大丈夫だよ。僕が何とかしとくから。それに、僕の秘密の通路を教えてあげる。こっちに来て』
そう言って、家庭科室を出ていくので私は追いかける。そして水道の鏡の前にくると、そっと鏡に触れた。
『さ、ここを通れば君の家につくはずさ。ただし、通るときに家の事を考えておくんだよ。他の事考えてると変なとこ行っちゃうから。それじゃあ、またね。バイバーイ!』
「え、うわぁ!」
鏡の前に立つと、自分が写るはずなのに真っ暗で不思議に思った私が覗き込んだ瞬間。
ドンッ
私はソノラに押され鏡の中に入っていった。
優奈と彼方とソノラ。基本的にこの3人が主要キャラとなります。
優奈が親しみの持てるキャラなら、ソノラはどこか憎めないタイプの子にしていきたいと思います。彼方は不思議系?(笑)
戦闘シーンはホントに苦手で、ワケわからなくなると思いますがこれから頑張っていきます。
次回は、ソノラと優奈が七不思議の話を知るためにあるところに行きます。