二
「地を這う虫けらめ。よくも我が同胞を消しさってくれたものよ」
とある神が作った暗い世界、その最下層でその創造主と対峙していた。相手は大国主大神から離れたためか、元神だというのにどこか禍々しさを感じる。紫色のオーラが身体から漏れていて、それが暗い空間を薄暗く照らしていた。
元神とはいえ強さはバラバラだ。人間界に誕生して数十年しか経っていないような比較的弱い付喪神から、天上界で何千年も生きている大物まで様々にいる。
そして目の前にいる神は、どちらかといえば後者寄りの神力を感じた。
「はっ、俺らの住む世界を壊そうとしているくせに、自分たちがやられたら怒るってか? ばっかじゃねぇの?」
「神をも恐れぬ身の程知らずの人間よ、ここへ朽ち果てよ!」
そして戦いは始まった。が、圧倒的だった。もちろん俺が、だ。
元神の放つ神力はことごとく避け、弾き、分散させたが、俺の攻撃は確実に元神の身体を裂いていった。
徐々に相手の神力が落ちていく事を感じ取るが、ここで焦る必要はない。このペースのまま確実に倒せばいいのだ。大技を狙って失敗する例なんて腐るほどあるのだから。
しかしあと少しで倒せる、と思ったとき、元神が距離を開けた。
何らかの罠かもしれないので、一応距離は取るものの、いつでも神通力を発動できる準備はしておく。
が、そいつは不敵に笑うと、自信ありげに話をしてきた。
「対称よ、貴様の神通力は確かに強い。私の防御を突き抜けてくるのだからな。が、所詮大国主大神によって授かったものであり、自身の力ではない」
確かに俺の神通力は破栗神を経由して大国主大神から授かったものだ。
ただどんな神通力になるかは不明であり、契約者に適したものをいくつか貰える。殆どの神兵は一つ、多くて二つだが、俺は五つ授かった。運が良かったのだろう。
しかしこいつはそんな事を言って何がしたいのだ?
時間稼ぎか?
ならばそうそうにこいつを……。
「それにその神通力は左右対称でなければ発動しないようだ。私はもう戦えるほど余力はないが……貴様を祟るくらいなら十分可能だ。見えるぞ? 貴様と下級の土地神のパスが」
こいつ祟り神か!?
何かは分からないが、このまま放置しているとやばい!
用意していた幻覚と祟り神を両目で見て、そして対称を発動する、と同時に左目に鋭い痛みを感じた。
「がぁぁぁぁ!?」
目が、目がぁぁぁ、と叫ばなかっただけ褒めて貰いたい。
普段は、まず怪我なんて負うことが無かったので、痛みになれていないのだ。
だが無理して痛みを抑え祟り神を見ようとする。このまま痛いと叫んでいるだけじゃ絶対殺されるからだ。せめてさっきかけた対称が利いているかだけでも確認しないといけない。無理なら一旦縮地で離脱だ。
しかし俺の思いとは裏腹にきっちり最後の対称は効果があったようだ。
あの祟り神の姿が明暗している。これは神が消滅する間際に起こる現象である。今まで三十三回も見たのだ、間違えようが無い。
「くくく、私はもう消え去るが、貴様の能力は消し去った。捨て駒だが気分は悪くないな」
そういって消え去っていく祟り神。
そしてそいつの言うとおり、俺は対称の神通力が使えなくなっていた。
♪ ♪ ♪
ぱちっと目が覚める。然程痛くはないが左目がズキズキと疼いていた。
あれ以来俺の左目は朱色へと変化し、まともに見えなくなった。あの祟り神のせいだろう。
俺の能力、対称はどうやら俺の両目が対称なのが発動条件だったのだろう、左目の色が変わってからは使えなくなっていた。
寝汗をかいたのか、やけに喉が渇く。
ベッドから起き上がり、台所で水を飲んだあと軽く顔を洗おうと洗面所に行って鏡を見た時気がついた。
「……幻覚が解けてる」
俺に与えられた神通力は五つ、今使える物は四つある。そのうちの一つ、光操はその名の通り光を操るものだ。
とは言ってもレーザーみたいに出す事もできないし、太陽のように周囲を照らすこともできない。出来るのは視覚を誤魔化す幻覚を創り出すことくらいだ。しかし対称と組み合わせる事により、強力な合わせ技となっていたのだ。
今は目の色を誤魔化す幻覚を創る事にしか使っていないが。
「もう二年半も前の事なのに、まだ夢にまで見るなんてな」
光操を使い目の色を右目と合わせながら呟く。
唯一の攻撃技だった対称を失った俺は縮地で運び屋になろうと思い、他の神兵たちとコミュニケーションを取る為に集会へ参加した。そして緑と遭遇したのだ。
確かに噂には聞いていた。
俺は集会へ参加したのは二年前が初めてだったが、俺と契約している破栗神は毎年参加しているからそこから情報を得ていたのだ。天照大神と契約した女性、十三年で三十三カ所もの異界を攻略した対称には及ばないが、それでも毎年一つは異界を攻略していく若き太陽姫、なんてな。
当時の俺は、所詮他人事だからあまり聞いてなかったけどな。
しかし本当に俺は対称がないとまともに戦えなかった。
当然、最初は破栗神にこの受けた祟りを払うことが出来るか聞いてみた……が、まずパスが斬られていて会話が出来なかった。破栗神は俺の言葉が分かるが、俺が破栗神の意思が分からないのだ。ま、ムササビ語(あるのか不明だが)など分かる訳もないが。
その後何とか身振り手振りして頑張ってくれたものの、最終的にはノートに字を書いて説明してもらった。しかし答えは、払うことはできない、だった。
何でもこの祟りは破栗神とのパスを利用して受けたものらしく、祟りを払うにはパスごと一旦浄化させる必要がある。つまり神兵で無くしてしまう、ということだ。
しかし一度神兵で無くなった者を再び神兵にする事は神のルール上できないと言われ、更に神通力を授けられるのは魂に大きな影響が出るので一生に一度だけ、とも言われた。
つまり普通の人間に戻るなら戻すけど二度と神兵にはなれないよ、って事だ。
幸い金はある程度貯まっていたので一生は無理でも半生くらいは遊んでいても暮らせる。が、一生神兵を続けるつもりでいたので、普通に働く事なんて不可能だ。大学だってぎりぎりの単位でなんとか卒業しただけだし、就職活動どころかアルバイトすら一度もやったことがない。
だから縮地を使って運び屋になった。
昔に比べれば小銭稼ぎだが生活はできるし、一定年齢まで頑張れば貯めた金で遊んで暮らせるのだ。
そうさ、もう自分は三十三カ所、祟り神の作った異界を含めれば三十四カ所も攻略したのだ。普通の神兵は頑張っても十年に一つ程度しか攻略できないのだ。これ以上は働き過ぎだろう。残りの人生はゆっくりでいいじゃないか。
そして二年の月日が流れ、今に至る。
破栗神も昔はきちんと自分の土地にいたはずなのに、なぜか俺のところへ転がり込んできたし、怠惰な生活にもなったが今のところ概ね順調だ。
と回想していた時に、スマフォが着信を知らせてきた。
「ん?」
基本的に運んで欲しい奴はメールで知らせてくる。それに合わせてスケジュールを決めているのだが、思わぬ怪我をした、予定より早く終わった、などの理由で帰りは電話になることも多い。
しかし今日は土曜で基本的に仕事は入れないし、それに予定しているものもいない。今朝緑が押しかけてこなければ一日空きのつもりだった。
ただし昨日数名送ったので、誰か予定を早めたのかも知れない。
「誰だ一体、スケジュール外の呼び出しは二割増しだぜー」
などと口ずさむ。もともと片道五百円だし、二割増しでも六百円だから稼いでいる神兵からすればそんなに大差ない金額だが、それでもチリツモだ。
そしてスマフォのディスプレイを覗き込むと、そこには『相良緑』と表示されていた。
♪ ♪ ♪
「元にいたところへ返してきなさい」
「みっちゃん、ペットじゃないんだから」
迎えにいったら、なぜか緑が一人の少女を肩に乗せていた。