プロローグ
「うわあああぁぁぁぁ!!」
敵……羽の生えた犬が口から吐き出す火を必須で避ける。幾度か身体を掠めたものの、直撃は今のところ間逃れていた。
ただしその火は小さく、まともに当たったとしても革製の服を着ていれば、熱い、と思う程度で火傷も殆どないだろうけど、それでも怖い物は怖い。
しかし俺が必至で頑張って避けているのに、外野は応援するだけだった。
「がんばれみっちゃーん」
「相良さん頑張って下さい!」
二人の女の子から黄色い声援があがっているが全く嬉しくは無い。
髪の短めな女の子のほうは俺の姪で相良緑。十七歳で高校二年生だけど見た目は童顔で身長も低く、どうみても中学生である。ま、姪とは言っても兄の嫁の連れ子なので血の繋がりはないけど。
もう一人、明るいブロンドが混ざっている茶色の長い髪の子は西隆寺文。北欧系の祖母を持つクォーターでこっちは十四歳の中学生だが、見た目は高校生から大学生くらいと大人っぽく、さすが国外の血を引いているだけありナイスボディだ。とても中学生には見えない。
ともあれ、現状を把握しよう。
火を吐く羽の生えた犬に追いかけられている俺、以上。
これではさっぱり分からないのでもう少し詳しく言うと、ここは異界。元神々の作った世界であり、中はファンタジーで言えばダンジョンになっている。
元々日本は八百万神と呼ばれるほど神の数は多く、特に付喪神はそこら中にいる程だ。知覚出来なければただの古い道具なんだけどさ。
そしてその神々のトップにいるのが、出雲大社に祭られている大国主大神だ。伊勢神宮や熱田神宮などに祭られている天照大神や日本武尊など皇族系の神様は別枠だけどね。
しかし近年人々からは信仰心というものが失われ、路頭に迷う神々が現れ始めた。特に第二次世界大戦以降の高度成長期になると壊滅といって良いくらい。
別に信仰心がなくとも神は生きていけるんだけど、もっと人間たちに信仰を命じろよ、という派閥と、今のままでいいじゃん、という派閥に分かれたのだ。
改革派と保守派みたいなもんだな。
で、五十年ほど昔に改革派が反旗を翻し、自分たちの世界を造ろうと異界を作り始めたのだ。それはそれで良いんだけど、問題は人間界の中に異界を作った事でバランスが崩れ始めたのだ。このまま放置していればいずれ人間界はバランスが崩れ破綻してしまう。
慌てた保守派の神々は人間界のバランスを保とうと必至で頑張って調整してるけど、こういうのは根元から断ち切らないとダメだ、となった。
そして神々は素質(霊感とかそんな感じ)のある人間と契約し、神通力と呼ばれる特殊能力を授け、改革派で異界を作っている神を討伐しろと命じたのだった。
その人たちを神兵と呼ぶ。
ここにいる緑も西隆寺さんも、そしてこの俺も神兵だ。
しかし神通力とは言っても、その人の性格や素質によって授かる能力が異なる。ちなみに俺は縮地、と呼ばれる一種のテレポーテーションのような神通力を持っている。移動するだけの力なのでぶっちゃけ戦闘向きでは無い。
逆に緑や西隆寺さんは戦闘向きの神通力を持っている。
そしていくらサポート要員とはいえ、たまには戦闘して身体動かそうよ、と無理矢理異界へ連れてこられ、こうして犬と戦わさせられているのだった。
「俺は運び屋であり戦闘向きじゃねぇんだよ! どうやって倒せっつーんだ!!」
異界は日本全国津々浦々にあり、移動の交通費だけでたくさんの金が必要になる。しかし縮地は一度行って記憶のある場所、あるいは写真や動画を見る事によって転移できる。つまり俺は戦闘向きの神兵たちを異界へと運ぶのがメインの仕事だ。
ちなみに場所問わず往復で千円と格安でご提供しております。
それでも一日十人の神兵を送り迎えすれば日給一万円になるし、移動っても写真見て力を使うだけなので一人十分もかからないし非常に楽だ。月に二十日ほど頑張れば十分暮らしていける。
神兵側も飛行機を使って行くような場所でも一瞬で到着するし、交通費だって往復千円なら十分安い。Win−Winの関係である。神々側も戦力を瞬時に輸送できる利点もあるしな。
つまりこうして危険を犯す意味は無いのだ。無いにも関わらず、そこにいる姪っ子に腕を掴まれ無理矢理ここへ連行されたのだった。
「気合いで倒すんだよ?」
「お前ばっかじゃねぇの? 根性論で何とかなるんだったらとっくに異界なんざ全部攻略されてるわこの脳筋娘が!」
「伯父さん……死んで?」
「真顔で言うなよ!?」
ちなみにこの犬はウィングドックというそのまんまな名前で、異界の中では雑魚に値する。攻撃性のある神通力なら初心者でも苦労せず倒せるだろう。
が、縮地でどうやって倒せというのか?
この敵をどこかへ飛ばしてしまえば良いだけだが、誰かを移動させるには対象の物体に触れている必要がある。更に言えば移動するのにかなり集中が必要だ。
とても追いかけられている最中に飛ばせる事などできない。
しかし……俺は十三の時に神兵となってはや十五年、こいつらが生まれて間もない頃からやっているのだ。
逃走なら自信があります。
「じゃあな、帰りはお前ら歩いて帰れ!」
「あっ、逃げる気だ!」
「ええっ!?」
俺は走りながら自分の部屋の風景を思い浮かべる。
なんせここ数年一番見慣れている景色だ。自分の部屋限定なら縮地で飛ぶくらい容易い。
最後に緑へにやりと笑いかけ、そして縮地を発動させた。
一瞬で視界が反転し、見慣れた自分の部屋に戻っている事を確認する。
俺の名は相良光実、神と契約し運び屋を営んでいるごくごく普通の下っ端神兵だ。