#284 名字
午前十時、東京本部調査4専用室……
「あ〜、やっと自由だ」
トレイはそう言うと近くにある椅子に腰を掛けた。するとそんなトレイに村島が「お前、監視下にあること忘れてないか?」と確認した
「大丈夫。抵抗しようなんて考えてないし」
トレイは椅子の背もたれに寄りかかりながらそう言った
「どうかしらね。私達を油断させたうちに逃げるつもりでしょ。でもそうはさせないわよ」
木暮はそう言うとトレイの隣りにある椅子に座った
「失礼な! わざわざあんな危険な所に自分から戻るわけないじゃん」
「どうだか。それよりトレイには何をさせる? さすがに私達と同じような事をさせるのは無理だし……」
木暮は村島にそう聞いた。すると村島は「そうだな。まずは名前をなんとかしないとな」と言うと、トレイに近寄った
「名前についてはもう言ったでしょ。無いって」
トレイはそう答えた
殺所での取り調べでトレイは色々な情報を吐いた。そしてその情報の中の一つに「名前が無い」というのがあった
「じゃあ向こうではなんて呼ばれてたんだ」
村島がそう聞くとトレイは「トレイだよ」と答えた
「それ以外でだ。他にあるだろ?」
村島がそう言ったものの、トレイは「それ以外ないよ。ずっとそう呼ばれてきたからね」と答えた
「戸籍は私達でなんとかするとして、名前ってどうします?」
そう言ったのは瀬戸だった。するとトレイは「トレイでいいじゃん。格好いいし」と言った。なので村島は「キラキラにもほどがあるわ」と突っ込んだ
「なんか前例とか聞かせてよ。んじゃないと決められないわ」
トレイはそう言った。けれどトレイのいた組織のメンバーを生け捕りにし、味方につけたのはこれが初めてだったため、木暮は「貴女がその例になったのよ」と言った
「まさかまさか。セブンの時とかどうしたのよ」
トレイはそう聞いてきた。なので村島は「セブンの時って、新平地作戦のことか?」と確認した
「それよ。そのときセブンと潜入捜査官が入れ替わったんでしょ?」
トレイがそう言うと、木暮が「セブンはその場で殺したわ。だから名前云々なんて無いわ」と答えた
「マジか。てっきりこの建物の何処かに捕まってるのかと思ったわ」
「それはそうと名前はどうするんだ? こんなので長々と時間を取られたくないんだが」
村島がそう言うと、木暮は「それもそうね。なんか決めた?」とトレイに聞いた。けれどトレイは自分の名前にも関わらず全く考えていなかった。なので瀬戸に「なんかいいのない? 瀬戸ちゃ〜ん」と聞いた
すると瀬戸は「トレイからトを抜いて『れい』とかどうかな?」と言った
「『れい』か……悪くはないな。因みに漢字は?」
トレイは瀬戸にそう聞いた。すると瀬戸は手帳を取り出し、適当なページに漢字を書き始めた。そして書き終わるとそのページをトレイに見せながら「これなんてどう? 可愛らしいと思うんだけど」と言った
瀬戸の書いた字は『礼』だった。それを見たトレイは「まぁ可愛いかは知らないけど俺にピッタリだな」と言った。なので瀬戸は「じゃあ名前はこれでいいね。それじゃあ名字はどうする?」と聞いた
「名字か〜。なんかいいのある?」
トレイは再び瀬戸に聞いた。けれど名字までは瀬戸も考えていなかったらしく、すぐに答えることができなかった
「そうね……じゃあさっき抜いた『ト』を入れてみるのはどう?」
瀬戸はそう提案した。けれどトレイも『ト』が入るいい感じの名字が思いつかず、すぐに「なんかある?」と瀬戸に聞いた
「私の名字にも入ってるけどさすがに被るのはあれだし……」
「まぁ瀬戸が二人もはやめてくれ」
村島がそう言った
「そういえば潜入捜査してたとき、『戸宮』っていう名字の人がいたような……」
瀬戸はそう言った。するとトレイは「その漢字って『瀬戸』の『戸』に『神宮』の後ろのやつであってる?」と聞いてきた。なので瀬戸は「あってるよ」と言った
「じゃあそれで! なんか洒落てるし」
トレイはそう言った。けれど村島は「それ大丈夫か? 瀬戸が会った戸宮って人、ゾンビ愛護団体のメンバーだろ? そんなのと同じってどうなんだ?」と難色を示した
「じゃあなんかあるの?」
トレイにそう言われると村島は「そう言われるとな……」と言い、黙ってしまった。すると木暮が「それでいいんじゃない? 村島さんも気にし過ぎよ」と言った
「まぁ確かに気にしすぎかな。でもな〜」
木暮にそう言われたものの、村島はまだ納得できていなかった。けれどトレイは「じゃあ俺は今日から『戸宮礼』って事で! それじゃあ諸々の手続きとかはよろしく」と言った
「分かった。戸籍やらについては任せて。瀬戸さんはトレイ……じゃなくて戸宮を見ておいて」
「分かりました」
瀬戸がそう言うと木暮は自分の席へと行ってしまった
「それじゃあ瀬戸ちゃん。これから何するの?」
トレイ、改め戸宮はそう聞いた。けれど瀬戸も何をすればいいのか分からないため、村島に「村島さん。私と戸宮は何をしましょうか?」と聞いた
「そうだな。仲間になったとはいえ、元敵に機密情報を見せるのもあれだしな……。とりあえず本部の案内とかして時間つぶしてて。三ツ木さんに何させるか聞いとくから」
「分かりました。戸宮さん行くよ」
瀬戸は村島にそう言われると、戸宮と共に部屋から出ようとした
「瀬戸!」
そんな瀬戸を村島は呼び止めた。そして瀬戸に「何かあったら躊躇うなよ」と言った
「任せてください。私も新米じゃないんですから」
瀬戸は拳銃のあるところを軽く叩くとそう言った
「それでは本部の案内でもしてきます。何かあれば電話でお願いします」
瀬戸はそう言うと、戸宮と共に部屋から出ていった……
「はぁ〜」
二人がいなくなると、村島はため息をついた。するとそんな村島に木暮が「そんなに瀬戸さんが心配?」と聞いた
「瀬戸はここに来た頃から見てるからな。色々と不安にもなるよ」
村島はそう言うと自分の席に座った
「大丈夫。瀬戸さんは大きな仕事もちゃんと終えられたんだから。もう立派な潜入捜査官ですよ」
木暮はそう言った。けれどそれでも村島には不安らしく「だといいけどな……」と言い、遠くをボーッと眺めた……
戸宮礼
潜入捜査官
武器……なし




