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赤い桜

 桃色の桜が散り終えれば新緑の青葉が咲き誇る、その後は茶色に枯れて落ちて葉としては無になる。当然の順番だ。

 近所の子供達が遊び場に使う山の奥。そこに一本だけある桜は、順番が一つとぶ。

 新緑の時期にその桜は赤く色付く。枯れていない、葉を赤く染めるのだ。

 何故赤に染まるのかを知る者はいない。だからこの不気味な桜の周辺は葉桜の時期に静寂を持っている。

 孤高の桜はひたすら怖く不気味で、儚く美しい。

 赤い葉桜の根の近くに寄りかかる少女がいた。服はぼろぼろで顔に隠せぬ痣が浮かんでいる。

 少女は名を倉敷一花という。

 特別傷がつくような場所に生きているわけではなく、歳相応に学校に通い家があり生活している。父親が必要以上に娘を嫌い手をあげ、母親が父親に対して何も言えず娘を護るようなこともできないというだけで、三人は家族として過ごしていた。

 この日一花は家を飛び出して赤い桜がある山にきていた。

 急いでいたから靴などは履いていない。靴下は土で汚れ、短いスカートから出ている脚には汚れのほかに痣がある。顔よりも酷いものだった。

 擦り剥いたのだろうか脚からは血が流れていたのか、のびて固まっていた。

 血と桜の葉は同じ色。桜も傷つき血を流しているかのようだ。

 一花は桜の下から見上げる。赤い葉が風に吹かれて流れている。

 止めどなく。

 桜が赤に染まってから何日も過ぎている。葉は半分以上減っていた。

 今日殴られた顔の痣を撫でる。熱く燃えるような痛みがそこにはあった。

 自分が不幸だ。そう思ったことは一花にはなかった。今までの生活がすべて自分を作っている、父に殴られ母に無視されていても居場所があったからだ。存在だけは否定されていなかった。

 家を飛び出した理由を一花は知らないが、桜の下に来た理由は知っている。呼ばれたのだ、桜に。

 桜が彼女を呼んでいたのだ。

 こっちへおいで、さあ早く。家を飛び出してから聞こえてきた声が一花をいざなっていた。

 着いてからは声は聞こえなくなったが、近くにいると包まれているような錯覚を一花に与える。周囲を散り落ちた赤が染めているからだろうか、彼女は桜に飲み込まれていた。

 落ちてきた葉が顔の痣を撫でる。冷たさが伝わり、頬の熱が失われた。痛みを吸い取って、落ちていく。

「そうなんだ、みんなの痛みを受け止めてくれていたのね」

 赤い葉桜。血を流す大樹。幾度も痛みを受け継いで巡ってきた。この樹は一人で痛みを受け入れてくれている。

 唯一葉桜の時期にだけ、溜めている痛みを曝け出す。一年に一度だけ、我儘に自分の痛みに気付いてほしくて。それでも誰かの痛みを受け入れる。

 一花自身でも気付かないほど痛みが溜まっていた。だから桜は彼女を導いた。溜まった痛みを吸い取って彼女を助け、痛みを吸い取り養分とするために。

 桜から離れて一花は家に向かって歩き出す。またいつの日か痛みが溜まってしまうかもしれない。それでも居場所があるなら帰らなくてはいけない。

「またいつかここに来たら、その時はまた助けてね」

 ざわっと風が桜を揺らす。背中を押して振り返らない一花に頑張れと手を振っていた。

なんというか、何度書き直しても納得できないときはどうすりゃいいんだ。

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