新参者
エイトは困っていた。
「ん・・・・?ここはどこだ・・・」
身体が痛い。つーか動かねぇ。
あれ?女の子がいない。さっきまで一緒にいたのに。
「ん~?あれ、オレ何してたんだっけ?アレ?」
ここは、バーじゃない。
なんか暗い。
「ザクと変な道通ってここに来て、バーに行って、可愛い子ちゃんを発見して、酒飲んで、あれ?酒飲んで」
何だっけ?
とりあえず何でオレは動けねぇんだ?
ぼうっとした頭で状況を整理していると、足音が聞こえてきた。
あれ?誰か来る?
ハイヒールのような音だ。
「あら。何でここに男の子がひとりいるの?夜這い?」
扉から、女が1人現れた。赤い口紅、黒いドレス、赤いバッグ。
どうやらオレは、ベッドの上にいるらしい。
「まぁ、まぁ。若いのね~んん?」
そう言って、ベッドに乗り上げてきた。
女がオレの口元に顔を近づけてきた。
「あんた、ユウジの酒のんだわね?」
「・・・酒?そういや飲んだけど」
「なるほどね~じゃあ、あなた、新参者なのね。なつかしい響き!」
この女は何を言ってるんだ?
「あのぉ、お姉さん、何でオレ動けねぇの?」
とりあえず、動きたい。
女は笑って、ベッドを降りた。
「だから、ユウジの酒を飲んだからよ。あの、銀髪イケメンくんの」
銀髪イケメン?ああ、あのバーテンか。
「何でそいつの酒飲んで動けなくなっちゃったわけ?中にクロロホルムでも入ってんの?」
プッと女がふきだし、アハハと笑い出した。
「クロロホルム~?そんなの入ってないよ、たぶん。私もよく知らないけど」
女がそう答えると、突然、オレの腹の音が鳴った。
「まぁ、とりあえず、しばらくは動けないだろうから、そこで寝てなよ。ご飯作ったげる」
待ってて、と言うと部屋を出て言ってしまった。
「ハァ~。動けねぇ」
指先は動かせるようになってきたが、他は、金縛りにあったみたいに動かない。
そういや、ザクはどうしてっかな?
最後に見たのは、部屋の隅で、見知らぬ男3人と話している姿だった。
「オレ、のこのこ、こんなとこまで来て何してんだ~?ザクと離れちまってよぉ」
1ヶ月ほど前、
いつも退屈そうなザクの様子が、突然変わった。
なんか、生き生きしてる?輝いている?かんじになった。
アイツが、いつも、眼球のない左目で変なものを見る事は知っていた。
そして、その正体を突き止めようとしていたのも。
1週間前、あのうさんくさいメールが送られてきて、ザクがそこに行こうとしているのを知った。
オレは止めようとしたが、アイツは聞こうとしなかった。だから、心配で、ついてくる事にしたんだ。
そんなことを思い出していると、扉の向こうからいい匂いがしてきた。
女が料理を持って入ってきた。
「あら、まだ動けないの?じゃあ、まだ食べれないわね。食べさせてあげよっか?」
「いらねぇよ。また変なもん食わされて、気ぃ失ったら何されるかわかんねぇ」
女は、料理ののったトレイをベッドのそばにあったテーブルのせた。
「失礼ね。クロロホルムなんて入ってないわよ。ほら?」
そう言って、スープを口に含む。
あ。口紅がスプーンにべったりついた。
「わかったから。置いといてくれ」
女は、満足そうに頷くと、イスに座り、こちらをじっと見つめた。
金色のロングヘアーに、真っ黒な睫毛、赤い唇。歳は、オレよりも少し上だろうか。
「それで。あなた、何で私の寝室にいたの?やっぱり夜這い?」
「ちげぇよ。気づいたらここにいたんだよ」
「ふ~ん?じゃあ、あのバーからどうやってここまで来たのかも、わかんないのね。そもそも、ここはあそこからずいぶん離れたところにあるから、道をしらないと来れないはずなんだけど」
煙草の煙を吐き出しながら、女は何か考えるように言った。
「離れたところって、どれくらい離れてるんだ?そもそもここはどこなんだよ?」
「どこって、もちろんカプソの中だよ。そんで、ここは西ブロック」
「カプソ?て何だ?あのバーに他に出入口はなかったし、ここはもう地上なんだろ?」
オレはあの青色のバーの中を思い出して言うと、女はきょとんとした顔をした。
「だからここはカプソだってば。地上じゃない。カプソってのは、この地下の城のこと。あのバーは入口なの。地上からここに入るための数少ないね」
「地下の城?」
「そうよ。あなた、本当に何も知らずにここへ来たのね?」
地下の城・・まさか。
あの、ザクが行ってた青い線の中ってやつなのか?
まさか、本当にあるなんて。いや、ザクを疑ってたわけじゃねぇよ?でも。
「地下って、あのバーより下ってことか?オレ、早く戻らねぇとザクとはぐれちまう」
「何?あなたの知り合い?ってそれより、戻るってバーに?無理よ。どんだけ時間かかると思ってるの」
女は呆れたようにため息をつく。
「知らねぇよそんなの。そんなにこっから離れてるのか?」
「離れてるもなにも、ここは西ブロック。ユウがいるバーは東ブロックの頂上なのよ?こっから何日かかると思ってるの?」
そんなに遠いのか。
何日もかかるって。
ん?何日も?
おい、待てよ。
まさか
「まさか、もうあのバーにいた日から何日もたってるっなんてことは」
「まぁ、そういうことになるね。バーからここまで来るのに最低3日はかかるから。それも朝から晩まで歩き続けての話だけど」
「っ!嘘だろ!マジかよ!今日は何日だ!?」
「今日は、6月8日ね」
女は携帯の日付を見て言った。
6月8日?
オレ等が来た日はたしか、6月1日。
1週間もたってんじゃないか!!
「おいおい嘘だろ」
そうすりゃいいんだ。今更バーに戻っても、ザクはいねぇだろうし。そもそもなんでオレは、こんなところに連れてこられたんだ?ザクは無事なのか?
そんな混乱しているオレを見て、女は何か考えるように、じっとオレを見つめた。
そして、なにか思いついたように手を叩いた。
「そうだ!こういう事は、ミナトに聞いた方がいいと思う。アイツ、そういうのに詳しいから」
「ミナト?ソイツに聞いたら何かわかるのか?」
ミナト、ミナト、ミナト?なんかどっかで聞いたことあるような。
女は笑って頷くと、
「そうそ。アイツほどカプソに詳しいヤツはいないから聞いてみるといいよ。それより、そろそろ旦那が帰ってくる時間かも」
さらっととんでもない事を言った。
旦那?
旦那だと?
「おい、旦那って、やばいだろコレ。オレこっから動けねぇし、嫁の寝室に2人って」
オレは冷や汗をかきながら、なんとか起き上がろうとしたが無理そうだった。
「大丈夫だって。ちょっと殴られて、顔面がぐちゃぐちゃになって、部屋からつまみだされるだけだから」
と笑顔で言う。
「っ何が大丈夫だよ!こえぇよ!せめて、オレをこっから違う部屋に移動させてくれ!」
何とか自由に動くようになった腕を伸ばし、女に助けを求める。
「んー、いいけど、重そう。んしょ!」
オレの腕をつかみ、女が引っ張りあげようとしたが、腕意外動かないためにバランスがとれず、そのまま床に2人で倒れこんだ。
「痛ぇ」
「ごめんね!大丈夫だった?」
女の下敷きになり、オレは、打った頭をさする。
女は、心配そうにオレの顔を覗き込んできた。
オレは大丈夫だと言いかけ、途中でやめた。というか、喋れなかった。
オレが黙っていると、女は首をかしげ、オレの見ている先、つまり扉の方に、視線を向けた。そして、
「あ!おかえり~タカシ!」
場違いな明るい声で、そこにいたやつに声をかけた。
開け放たれた扉の前には、女の旦那と思われしき人物が立っていた。
男は眉をひくりと動かし、
「おかえり、じゃねぇよ。何してんだ?お前等」
殺気をぎらつかせ、オレ達を見ていた。