青いバーで
そこには、バーがあった。
壁、床、テーブル、イス、全てが、さっき歩いてきた廊下と同じ、青白い色をしていた。
「まるで、水族館だな」
あたりを見回したオレはつぶやいた。
「すげ~綺麗だな」
エイトもきょろきょろと見回している。
所々に明かりが下がっている。壁や床自体が青白く光っているので必要ない気がした。実際、廊下では、明かりもなしに歩いてきたのだから。
バーカウンターには、マスターらしき、やけに綺麗な顔をした、銀髪オールバックの男がグラスを磨いていた。彼の背後には色鮮やかなボトルが所せましと並んでいる。
「おい、ザク、なんかオレらすげえみられてねぇか?それになんか、ガキばっかじゃね?」
オレの肩に肘をのせてたエイトが、不快そうに周りを見渡しながら言った。
「ガキって。オレらとあんま歳変わらなさそうだろ。でも、確かに見られてんな」
まわりの、黒いソファに腰かけた男や、カウンターでマスターにハートマークを飛ばしてた女が、こちらを品定めをするように見てくる。
「まぁいいか。とりあえずどっか座ろうぜ。あ、オレ、あのカウンターにいる可愛い子ちゃんのとこ行こ」
「あ?おい待て」
全く勝手なヤツだ。
オレはとりあえず、まわりの様子を観察してみる事にする。
扉の1番近くにあった、黒いソファに座った。中にいる人間は10数人。男の方が圧倒的に多い。
オレの左隣には、3人組の男がいた。
1人は、黒いニット帽をかぶり、オレと同じく黒ずくめの恰好をしている。顔は帽子のせいでよく見えない。
2人目は、ニット帽の前のイスに、何故か靴と靴下を脱ぎ、あぐらをかいて座っている。よくあの小さいイスにあぐらなんかかけるもんだと思う。こいつも、長い金髪のせいで顔がみえなかった。
3人目はなんだか、他の2人とは雰囲気が違った。黒髪で、服装は、白シャツに、ベージュのパンツ。シンプルだが、コイツが着てると何故か気品を感じる。
あ。目が合った。こっちに来る。
「やぁ。どうも。さっき入ってきた人だよね?見てたんだ」
ニッコリ笑い、オレの目の前に座る。
白い肌に、少したれ目がちな瞳。左目の横に小さい星のタトゥーが入ってる。
「ああ。なんかガン見されてたな。ここにいるヤツら全員に」
「そりゃあね。みんなここに来たばっかりなんだ。君にも、メール、来たんでしょう?」
じっとこっちを見ながら確かめるように言った。
他の2人も、こっちを見ている。
「ああ。お前もなのか?」
そう答えると、ほっとしたように笑った。
「そうだよ。あっちにいる2人もね。紹介するよ」
そう言うと、2人に手招きした。
「こっちの帽子かぶってるのがハック、金髪の方がマーチ。最後になったけど、オレがミドウ」
ハックは無言でオレを見て頷く。
「よろしく~」
マーチはそう言って、オレの手を取りブンブンふった。相変わらず、靴下ははいていない。
「でもさ、オレら以外に、メールもらって本当に来ちゃうヤツがこんなにいるなんてね。オドロキ~!」
そう言ってさらにオレの腕を上下にふりまわす。痛い。
「こら。やめなよ。痛がってんじゃん?ええと・・」
「ザク」
「ああ。ザク。まぁでも本当にびっくりだよ。あんなバカなメールもらってここまで来るとはね」
そうミドウがマーチに同意した。
「おい。ハックとマーチも座れよ」
オレは、2人に席に座るようほだした。
「ああ。そういやそうだな」
「・・・・・・・・」
先に、無言でハックがオレの隣に座った。
「あれ?ハッちゃんそっち座っちゃうかんじ?オレもそっちがよかったのに」
「・・・・・・足」
「ん?何?」
「・・・・足、くせぇっつってんだよ」
あ。喋った。コイツ初めて喋ったな。
そう思った瞬間、空気が凍り付いた。
「ええ~!?ヒドッ、久々喋ったと思ったら第一声がソレかよ!?」
長い金髪を振り乱し、マーチが、ハックの胸倉につかみかかった。
「靴下履けよ。くせぇ」
「ああん?靴下?」
マーチが足元を見る。目線を右に移動させ、さっき座っていた席に自分の靴下と靴があるのを発見すると、パッとハックの服をはなした。
途端にさっきまでの殺気が消える。
「ああ。悪ぃ。ははっ忘れてた。そりぁ、素足のままソファに座られたらザクも迷惑だわなぁ~。悪かったな、ハッちゃんっ」
そう言って、靴下を取りに戻った。
「アイツ、今すげぇ殺気出てたぞ」
今一瞬の、マーチのキレ具合に少し驚き、ミドウに問いかけた。
ミドウは何事もなかったように、テーブルのメニュー表を見る。
「アイツはね、ああいうヤツだから。ザクも気をつけた方がいいよ」
「キレたらやばいやつ、てことか?」
ミドウは一瞬動きを止めて、ちらりとオレを見て頷いた。
「そゆこと。アイツ、気に入ったヤツにはとことん甘いけど、もしそいつが裏切ったりしようもんなら」
そこで言葉を切り、親指で喉を掻っ切る動作をした。
「だから、気をつけてね。ザク」
「・・・ああ」
まぁ、深入りはしないでおこう。
「ところでさ、ザク、何か飲む?」
ミドウはメニュー表を広げ、オレに手渡す。隣から、ハックも覗き込んできた。
「オレは、コーラ」
「え、コーラ?酒のまないの?」
不思議そうな顔をして、ミドウが聞き返してきた。
「オレ、酒飲めねぇの」
「ウソ、マジで!?カワイソー。人生50%損」
靴下を取り戻してきたらしいマーチが大げさに驚き、会話に乱入してきた。
「本当だね。コーラだけで今までの人生しのいできたなんて」
ミドウも大げさに哀れみの声を上げる。
「いや。コーラだけ飲んで生きてきたわけじゃねーし。つーか、オレ未成年だし」
オレがそう言うと、
「クッハハハハッ」
「クスッ」
「・・・・・・・・・フッ」
何故か3人とも笑い出した。
最後の1人、聞こえてるからな、ちゃんと。
「未成年!そんな単語、久々に聞いたわ。ククッ。お前、かーわいーなー」
マーチがハックを押しつぶしてソファに乱入し、オレの髪の毛をがしがしかきまわす。その拍子に、サングラスが片方ずりさがってしまった。
目の前にいるミドウと目が合う。
ミドウは、目を見開き、テーブルに手をつき、オレの顔を覗き込んできた。それから、左手でサングラスを外してしまった。
「お前っ、その目!?」
「ん~?何だ?ザクちゃんのお目目がどうかし・・・」
そこで言葉を止め、マーチが固まった。
見られてしまった。
隣で、マーチに押しつぶされていたハックまでもが、固まっているマーチをおしのけ、オレの方を覗き込んできた。そして、わずかに目が見開かれる。
まぁ。無理もない。
オレの左目は、青い糸で、瞼を閉じた状態で縫い付けられているのだから。