第六話
「・・・・・・正哉さん・・・・何だか顔色が悪いよ?
・・・・ルチアーノさんたちと深刻な話でもしてたの?
・・・・あ・・・【裏のお仕事】の事だったら、何も聞かない方がいいね・・・」
ルチアーノの奴がマフィアだと云う事が知られて以来、雅さんは、こんな気の使い方をするようになった。
嘘を吐くなら、より真実に近い嘘がベスト。私がルチアーノ(やつ)の処を辞めた理由を、
『最初から、十年間と云う約束だったのですよ』と説明している。
イタリアへの留学先で知り合って、ウマがあって仲が良くなるとマフィアである事を打ち明けられて。ファミリーへの勧誘はあったが、そちらは丁重にお断りして。ワイナリー経営などは面白そうだと思ったから、あくまで表の仕事の方の秘書的役割に徹していたと雅さんには言ってある。
ただ、執事などのあの態度。それだけではない事を薄々察してはいるようだが、深く追求された事はない。その点、雅さんは、線引きや引き際を心得ている頭の良い人だ。
実は私は、この【悪戯】を予め知っていた。
彼の携帯に盗聴器を仕掛けているからだ。何やら楽しそうに企んでいる事を苦笑いしながら眺めつつ・・・・雅さんに付けている見張りが、彼が帰宅したと偽ってE温泉へ移動している事を報告して来ない事を疑問に思っていたのだが、【CLUB NPOE】が絡んでいるとなれば是非もない。ここに首根っこを抑えられては護衛たちが私に連絡を寄こせなかったはずだ。まあ、最優先すべきは雅さんの身の安全。それが保障されていると理解したからこその行動だ。ガードたちを叱責するだけ時間の無駄だ。
それにしても――――――
「・・・・・・ねえ、正哉さん・・・・・・もしかして・・・・・・怒ってる?」
いけない。内心の動揺が表情に出ていたか。
「・・・・・・貴方の、その姿を見るまではね」
頭を仕事モードから恋人モードに切り替えなくては。
「それにしても驚きましたよ。まさか、翠くんたちと、こんな事を企んでいたとは。
ああ、もっとよく見せて下さい、私の花嫁。」
恋人仕様の特別に甘い微笑みを見せれば、雅さんも安心したように、含羞んだ笑みを見せてくれる。
翠くんたちとの一部始終を知るからこそ、私の笑みも、ますます深いものになる。
【CLUB NPOE】の事も、エリザベート・アモンとやらの事も気にはなるが、雅さんに害が及ばなければそれでいい。
―――カサブランカの花言葉通りの高貴さをまとった、私の花嫁―――
―――“高貴さ、威厳、雄大な愛”
持って生まれた、その気品や押しの強さは生きて行く上にプラスですが、人の誤解を招く危うさも秘めている―――
―――“純潔”
反面の脆さも、私には・・・・私だけには隠さずにいて下さいね―――
抱き寄せて囁いた愛の言葉に、腕の中の愛しい人は呆然と眼を見張り・・・・その瞳からは大粒の涙が零れ出す。
とりあえずの心配事は棚上げし。
最後の言葉に、小さくコクンと、だが、確かに頷いてくれた人を力いっぱい抱き締めた。
―――今宵は、私の腕の中で咲き誇って、その薫りで私を酔わせて下さいね―――
「・・・・・・俺、まだ、誰にも、おめでとうも言ってもらえてないんですケド」
兄貴たちとの一幕の事など知られたくなくて、わざと拗ねてみせれば、
「・・・・・あ、私・・・・今日は君江さんのお料理を誉めてもらっただけだけど・・・・・
・・・・・・実は、その・・・ウェディングドレスの衣装あわせの時に散々・・・・・・・・・」
紫さんが、申し訳なさそうに俯いてしまうから俺は大慌てだ。
「いえ!紫さんがお祝いを言ってもらえていたなら良いんですよ!!
・・・・そうですよね。あんなに仲の良い彼らが、貴方に何も言ってないわけないですよね。
・・・・済みません。あいつらが、あんまり自分たちの世界に浸り切ってるから・・・・・・・」
場を和ませようと振った話題が紫さんを落ち込ませたら本末転倒だ。
それに、俺は墓穴を掘ってしまった。他の人はともかく兄貴からも『おめでとう』と言ってもらえていないのか、一体みんなで何を話していたのかと心配されてしまったのだ。勿論直ぐに、『それぞれの相手の花嫁自慢で盛り上がってたんですよ』と誤魔化したが。
「みんな、それぞれの個性にあわせてリザがコーディネートしてくれたからね。」
とっても似合ってて素敵だよね❤と、我が事のように友人の幸せそうな姿を素直に喜ぶ紫さんの笑顔こそが、リザ自慢の花園に咲く、どの薔薇よりも艶やかで、俺は眼を細めてしまう。
・・・・・・遂に、兄貴たちに、【CLUB NPOE】との関係の一端を知られてしまった。
まあ、遅かれ早かれ、こーなる事は充分予測出来た。
彼らとの付き合いが長く深くなっていけば、仕方がない成り行きだ。
・・・・・・こーなったら、覚悟を決めるしかない。
そして俺は、一旦、腹を決めたら、あれこれ迷わない性格だ。
四組の・・・・いや、あいつたちも含めて五組のカップルを至極満足そうに見つめる紫さんの視線を取り戻すべく、俺は後ろから紫さんを抱き込んだ。
―――今夜も【初夜】って事になるんでしょうかね?―――
―――いや、正月だから【姫始め】かぁ~~―――
―――楽しみですね~。ねえ、紫さん?―――
いつまで経っても初々しい俺の奥方は、【彼女】の持つブーケ・カラーの花言葉を体現する“乙女の清らかさ”で俺を魅了した。
「・・・・・・やれやれ。大した強心臓だな、四人とも。」
呆れたような、それでもどこか嬉し気に呟いたのは、澤木晃だ。
「当たり前よ。この私が見込んだ・・・・ここに連れて来た男たちですもの。」
いつもの高笑いをする恋人に、澤木は苦笑を隠せない。
「な~に?」却って不思議そうに聞かれて、
「そんなに呑気に笑ってて良いのか?花嫁が寝静まったら、尋問の時間になるんじゃないか?」気に掛かっている事を問えば、
そんな心配は無用だと笑われた。
「今夜は大丈夫よ。・・・・とりあえず、今夜はね」
そのニュアンスに気付かない澤木ではない。
だが、心配に眉根を寄せる代わりに澤木がした事は、リザを己の胸に抱き寄せる事だった。
随分久し振りに感じるその温もりに、リザが瞳を閉じる。だが、次に続いた台詞に大きく眼を見開く事になる。
―――少しは、俺を頼れ―――
―――たった一人で傷付くな―――
【リザ】に対して、こんな言葉を吐けるのは、澤木だけだ。
この世の中で、どこよりも安らげる腕の中で、リザはホウッと安堵の吐息を吐く。
「・・・・・・大丈夫。・・・・ちゃんと頼ってるじゃない。
ここを使わせて欲しいって我儘も、きいてもらっちゃったし・・・・」
「そんなのは我儘のうちに入らない。・・・・もともと、ここはお前の庭だ。
いいか?“対決”する時は、俺も同席する。お前を泣かせるような真似をすれば・・・・
【紅龍会】も、アレッサンドリ家も、ただではおかん」
恋人の、自分を想う気持ちの深さに一瞬泣きたくなり・・・・彼の背に腕を回す。
「・・・・・・ありがとう。
・・・・・・・大丈夫・・・・と言いたいところだけれど、その時は遠慮なく甘えさせてもらうわ。
でも、都合はつくの? 【倶楽部 NPO】のNo,1が」
「それこそ、大丈夫だ。お前が、俺の仕事の心配をする必要はない。お前が最優先なのは、当たり前だからな」
滅多に会えない恋人の、久し振りの甘い言葉に微笑みが深くなり、彼を抱き返す腕の力が一層強くなる。
普段は冷徹過ぎるほど冷静な人間なのに、自分の事に関してだけは心配性にシフトチェンジする恋人に苦笑して。
彼の言う事を聞き入れる振りをしたけれど。
きっと、大丈夫。多分ね。
だって、京牙のまとう怒りの炎が大分鎮火しているし。
他のコたちの雰囲気も、随分マシになっている。
タカミンは、竜頭蛇尾、動揺してないし(笑)
・・・・・・・・気が遠くなるような時代を生きてきたけれど・・・・現在が、一番、良い季節かも・・・・・・・・
幸せな五つのカップルと、腕の中の、誰よりも愛しい男性を想って、【リザ】は、胸の中で呟いた。
――― なべて 世は こともなし ―――
FIN