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第五話

「・・・・うん、美味いな」

「本当っ!?沢山、食べてよね、京兄!京兄のために作ったんだからっ!!」


京兄が大好きな、だし巻き卵。

昔から何度も失敗を繰り返し、今ではほぼ完璧に作れる自信があるが、こうやって言葉にして誉めてもらえると、やっぱり嬉しい。

また、次も頑張ろうと思えるんだもん。京兄を驚かせたくて、リザ姉とこっそり今日と云う日の計画を練ってきたけれど、あれとこれは別だ。料理に手を抜いたりなんかしていない。

何てたって、僕は正式な京兄の“奥さん”なんだから♪


卵にワインやシャンパンは合わないだろうと、京兄の好きな冷酒はないかとキョロキョロしていたら、少しは落ち着けと笑われた。

だってしょーがないじゃない。折角の料理、少しでも美味しく食べて欲しいんだから。


「ちょっと待ってて。リザ姉に、京兄の好きな日本酒がないかどうか聞いてくる」

歩き出そうとした腕を掴まれた。


「京兄?」

意外にも真剣な表情(かお)をしていたから、自然と身構えてしまったけれど、次に出て来た言葉に思わず頬が緩む。


「・・・・リザの恋人と話をしたんだろう?どんな男だった?」

「澤木さん、格好良いよね!リザ姉がすっかり“恋する乙女”になっちゃって仲良さそうだから、安心したよ!

リザ姉も、もっと早くに紹介してくれれば良かったのに・・・!

澤木さんが来るって分かってれば、リザ姉にも花嫁衣装(ウェディングドレス)を着てもらえたのに・・・失敗したよ」


僕の言葉(セリフ)は完全に京兄の意表をついたみたいで、眼を真ん丸にした後、爆笑されてしまった。

・・・なんだろう? そんなに可笑しな台詞を言った覚えはないんだけど・・・・


「・・・・・リザと澤木の結婚式か・・・・そりゃあーいい。おい、その悪巧みが本格化したら、俺にも一枚噛ませろよ」


・・・・・・僕は、ウェディングドレスって言っただけで、式なんて一言も言ってないんだけど・・・・・・・

・・・・・・だけど。何やら理由(わけ)ありみたいなあのカップルを、キチンとお祝い出来たら、それはそれで素敵な事だろう。



ウ~~ンと考え込んでしまったら、「まあ、それはそれとして」と言って、僕は京兄に抱き寄せられてしまった。

そして耳元で囁く。必殺の重低音のバリトンで。





―――そのドレス・・・・すごくお前に似合ってるけどな。お前の脚線美を見せびらかすようで、俺としては複雑なんだ―――



―――今夜は覚悟しておけよ―――



―――なんたって、俺は【姫始め】にお預けを喰らった、可哀想な旦那なんだからな―――



――― 一晩かけて、ゆっくり慰めてくれよ、俺の可愛い奥さん(スイ)―――





それは、モロに腰にクル艶声(こえ)と台詞で・・・・僕は京兄の胸に顔を埋めて、「・・・・バカ・・・・」としか言えなくなってしまったのだった。












「・・・・・・こんなベール用の華奢なティアラではなく、宝石のあしらわれた本物のティアラを買いましょう。

ネックレスは・・・そうですね。チョーカータイプが良いかな。五連くらいの真珠(パール)で、トップには・・・・・・」


私の嗜好を誰よりも理解してくれている恋人の睦言にうっとりと聞き入る。

だからこそ、首筋に顔を埋めての次の台詞には、少し泣きたくなってしまった。



「・・・・・・こんな素敵な格好をしているのに、何もつけていないんですか?」



「・・・・・うん・・・・・翠くんも、リザさんも、そこまで気が回らなかったみたいで・・・・・

って云うか、今、思えば、リザさんはこのバラ園の香りを楽しんで欲しくてわざと余計な香料をつけさせなかったんだと思うよ」

恋人に心配をさせたくなくて、無理矢理笑顔を作ったんだけど、簡単に見破られてしまった。




「・・・・・・香月・・・・・・私に余計な気を使う事はないんですよ。


残念だったと思うのなら、残念な表情を見せて欲しい・・・・せめて、私にだけは。


貴方のそんな表情は、痛々し過ぎる・・・・・・・・・」




そう囁いて、ギュウッと抱き締められてしまうのだから堪らない。

俊の言う、私の“痛々しい表情”って云うのがどういうものかは理解らないけれど、私の顔は相当理解りやすいように出来ているのだろう。俊、限定で。


私は意地を張るのを諦めて、恋人の胸にもたれかかった。


「―――本当はね・・・・あの、パリで買った、グレの【カボシャール】をつけたかったんだ―――」


「・・・・・なるほど。」恋人はクスッと微笑って、私の額に口付けた。

「香月は単にテイスターで気に入って購入しただけのようですが・・・“カボシャール”の意味を知っていますか?」

「ううん。知らない」私は素直に恋人の腕の中で頭を左右に振ると、また可笑しそうに笑われた。



そして・・・・私の張り続けている意地の正体を知らないはずの恋人が、まるで耳朶を食むように囁いた言葉に、私は顔があげられなくなってしまった。






―――【カボシャール】はね、“強情っぱり”って云う意味なんですよ―――



―――いつまで経っても、私との同棲にウンと言ってくれない薄情な恋人にはぴったりだ―――



―――でも・・・・今夜は、その“強情”をまとっていない貴方を堪能させて頂きますからね―――



―――覚悟しておいて下さいよ?  愛しい、私の香月・・・・・・・―――












僕は、注がれる視線に耐えかねて、とうとう泣きをいれてしまった。



「・・・・・・ルゥ!そんなに見つめられたら、僕に穴が開いちゃうだろっ!!」

「何っ!?日本では、見つめ過ぎると、穴が開くものなのかっっ!?」


・・・・だめだ・・・・・イタリア人には、冗談も通じない・・・・


「・・・・・・冗談だよ!・・・・・ジャパニーズジョークっっ!!」

「・・・・驚かさないでくれ。寿命が十年は縮んだ」


・・・・・・そう云うニュアンスの事は理解出来て、どうしてこんなジョークは真に受けるんだか・・・・

・・・深く考えるのはよそう・・・・気が滅入ってきた・・・・・

・・・・・・そんな事より!



「ほら、ルゥ。これ、日本の【お節料理】って言って、新年を祝う特別なお料理なんだよ。

翠くんが作ったのと、紫さんのお家の家政婦さんが作ったものがあるから、食べてみてよ。

どっちもとっても美味しいし、お正月にしか食べられないものもあるんだからっ!!」



ルゥは、僕が作った不味い物でもニコニコ食べてくれるから、こんな美味しい物を食べれば日本料理の認識を改めてくれるのではないかと期待して、取り分け用の小皿にせっせと色んな物を乗せた。一緒にお寿司を食べに行った事もあるからナマモノが大丈夫なのもの理解ってる。僕が食べるわけじゃないけど、僕の大好物の数の子もどっさり乗っけてしまった。ところが。


「・・・・・・・食べないの?」


何が嬉しいのか、僕が取り分けた小皿を持ってニコニコ笑っていて、一向に箸をつけようとしてくれない。


「あ、そっか!気が利かなくてご免ね!今、フォークを・・・・」

「待て、タツキ。そうじゃない!」


フォークを探しに行こうとしたら、僕が折角取り分けた小皿を置いて、ルゥは僕を抱き込んでしまった。



「ル、ルゥ!は、離して・・・・・っ!」

どうしても気恥しさが先に立ってしまって身を捩れは、ますます強く拘束されてしまう。

処構わず抱き締められるなんていつもの事だ。でも。

何だか、いつもと違う・・・・まるで溺れる者の必死さでしがみついてくるような・・・・普段のルゥらしくない抱擁に、僕は力を抜いた。




「・・・・・・ルゥ・・・・・・?」

「・・・・・・済まない、タツキ・・・・少しだけでいい・・・・少しの間、こうしててくれ・・・・・・・・」

「・・・・・・うん・・・・いいよ・・・・・・・」




傲岸不遜な、いつものルゥらしくない・・・・・まるで迷子のような頼りない様子を見せつけられて。らしくもない庇護欲のようなものを

感じてしまったのだが、耳元で囁かれた言葉に、僕はその甘さを後悔する事となる。





―――・・・・実は、この私にキャパオーバーな事があって、少々落ち込んでいたのだが・・・・・―――



―――コンパスさえ失って小舟で大海を彷徨っていたところを、美しいマーメイドに助けて頂いた―――



―――しかも、そのマーメイドは、私のために存在するかのように、あれもこれもと世話を焼いてくれる―――



―――・・・・心優しい、私の人魚姫(マーメイド)・・・・・今夜は海には還さないよ?―――



――― 一晩中、私の腕の中で啼かせてあげよう―――








ルゥさんが、お笑い担当になっているのは気のせいでしょうか?(苦笑)

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