第二話
五人の姿に毒気を抜かれた、京牙はモーニングコートに、各務と高見沢はフロックコートにと、リザの言うまま成すがままに、
用意されたものに着替えさせられた。
『花嫁さんを待たせるもんじゃないわよ』
との言葉に急き立てられて。
そう。五人は、花嫁衣装に身を包んでいたのだ。
紫は、深水との式に着用したハイネックのスレンダータイプのドレス。
細身のシルエットで、カラーのアームブーケを持って佇む様は、エレガントで優美な雰囲気を醸し出している。
雅は、Aラインの自然なデザインのドレスを選んだ。実は最後まで女装に抵抗を示したのだが、悪ノリした翠とリザの勢いに、そして自然な笑みを浮かべるタツキの天然さに敗北したのだ。一般的でシンプルなものを云う事で、カサブランカのキャスケードブーケを持っている。
タツキは皆に勧められるままに、マーメイドドレスにした。
白百合のアームブーケを持つ彼は、今日、この日ばかりは、【黒真珠】ではなく、純白に輝くヴィーナスのようだ。
翠は、まるでバレエのチュチュのようなショートレングスタイプのドレスを着ている。
むせ返るようなバラに囲まれた、一種異様なガーデンウェディングパーティーの中でも、翠の持つ軽快で可愛らしいイメージを良く引き出していて、この場で一番華やかな存在となっている。ブーケは、白薔薇でまとめたラウンドブーケだ。
そして、香月は。
【彼女】は、憧れのプリンセスドレスを身にまとっている。パニエでふんわり広げられたスカートラインは、ここにいる誰よりもフェミニンだ。ピンクのバラのオーバルブーケを持ち俯く香月は、半年早いJUNE BRIDEさながらだ。
「京兄!驚いた!?」
誰よりも輝くプリマドンナに駆け寄られた京牙は、その長身で一瞬、翠を強く抱き締めるが。
次の瞬間にはもう放して。そして離して、愛する妻の姿をしげしげと眺める。
「もっと良く見せてくれ」
揺れる紅く熱い眼差しは、【紅い眼の悪魔】の影も形も雲散霧消している。
「・・・・・・雅さん・・・・・・」
「あ、あのね!紫さんのお祝いをするだけの心算だったんだけど、翠くんとリザさんと相談しているうちに、どんどん話が広がっていっちゃって・・・・・収拾付かなくなってちゃって・・・その・・・勢いで・・・・・・」
マリエなんかを着ている自分が恥ずかしくて、あれもこれもと言い訳の言葉を考えていたのに、各務の愛おしそうな・・・・そして、何だかとても嬉しそうな視線に何も言えなくなってしまう。
―――正哉さんが喜んでくれるなら、まあ・・・・いいか―――
「・・・・・・おいで・・・・・香月」
両手を広げた高見沢の胸に夢中で飛び込んで行った。
「俊・・・・!・・・・・俊!俊っ!」
「無理に嫌そうな演技なんかする必要はない。ここでは君も幸せの花嫁の一人でしかないんだから。
そのドレス・・・・・良く似合ってるよ。今度、このドレスに合わせたアクセサリーを買ってあげるからね」
何も言わなくても、自分の気持ちを理解ってくれる恋人の腕の中で、【香月】は一筋の幸福な涙を流した。
「タツキ・・・・!今日ばかりは、白銀の輝きを放つ、真珠の姫君だなっ!!」
「・・・・・・ルゥ・・・・・・」
他のカップルは落ち着いた、しっとりとした雰囲気を醸し出しているのに、このイタリア男は一人で騒がしい。
まあ、彼の反応は予想出来た。タツキの頬に浮かぶのは、諦めの苦笑いだ。
「私の黒真珠には、黒薔薇が良く似合うと思って、今までシャルル・マルランを持参したが、純白の白百合がこんなに似合うとは嬉しい誤算だっ!今度からは、カサブランカの花束を用意しよう!!」
「だっ、だから、ルゥッ!何回も言ってるけど、僕の部屋が花で溢れちゃうから、もう花はいいってばっ!!」
「・・・・・・俺たちの結婚祝いのはずなのに、誰も俺たちなんか見てませんね」
「仕方がないよ。皆が、それぞれのパートナーに夢中なんだから」
深水と・・・京と抱きあったまま、幸せなクスクス笑いが止まらない紫に近付いて来たのは、このイベントの仕掛け人・リザだった。
「まあ今日は、あんたたちの祝いと云うよりも、ウェディングドレスでの新年会って事で」
悪い冗談のように、五カップルをイメージした五段のウェディングケーキがテーブルの中央に聳え立ってはいるけれど。
リザの言葉を現すように、そのケーキを取り囲むように並べられた料理はパーティー料理と云うよりも、新年を寿ぐお節の数々だ。
翠が京牙のために腕によりをかけて作った料理、そして、紫から今日のパーティーの事を聞いた家政婦の君江から『皆さまで召し上がって下さいませ』と沢山持たせてくれたのだ。(勿論、ヴィラの料理人たちが作ったものもあったのだが)
「これ、翠君が作ったんだよね。凄~~い♪」
それぞれの恋人たちの姿をひととおり堪能した旦那さまに、やっと離してもらえた奥様たち(笑)
実は、彼らは朝食をとっていない。
激怒した旦那’Sは、リザと連絡をとりあった元日のうちにやって来ようとしていたのだが、リザにうまい事言い含められ迎えの車を待つ事を承知させられたのだが。高速をとばして午前中に殴り込みを掛けて来るのは間違いないから、それまでに支度をしてしまおうと云う事で、目覚めの珈琲を飲んだだけなのだ。
しかし、それを言うなら、旦那方とて御同様。呑気に朝食などとっている気分ではなく、迎えの車の中で出された軽食に手をつけようとする者など誰もいなかったのだ。
美味しそうな匂いに釣られて、ぞろぞろとテーブルに人が集まりだす。
「うん。京兄には、初詣に行こうって事にしておきましたから、カムフラージュのために。
・・・って云うのは建前で、何たって、正式な【奥さん】になれた初めてのお正月ですから・・・頑張っちゃった☆」
翠の可愛い言い草に脂下がるのは京牙だが、微笑ましい気分なのは皆同じだ。
「あ、あの!うちの家政婦さんに作ってもらったものもあるんです。
味は保証しますから。皆さんに、くれぐれもよろしくと言付かってます」
控えめな言葉で料理を勧めるのは紫だが、紅白の箸袋に納められた祝いの箸を一番に渡すのは、勿論、夫の深水だ。
「それじゃ、折角だから頂きましょう。
みんな、好みのお酒を持って。」
ルールブックを自称する女性のリーダーシップを止められる者は、もう誰も存在しない。
唯一の未成年の翠も、夫兼保護者から、最初の一杯の承諾をもらって。
「・・・・・・・去年の今頃は知らない者同士だった人間が、こうして縁あって集まっている。
この奇跡に感謝して。
今年一年、楽しく参りましょう! かんぱ~~い♪」
―――こうして、新年会の幕が上がった―――