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ファンタジー短編

男と騎士

男は小さいころからの相棒である剣をしっかりと握りしめた。

買った当時は最高級品を謳った金属製の軽鎧は、長旅の間に傷つき、ぼろぼろになっている。

無精髭で覆われた顔立ちは、戦士よりも浮浪者といった形容が相応しいかもしれない。

男の眼の前には、「敵」が立っている。

柄に宝玉を埋め込んだ剣を構え、纏った鎧は一目でそれとわかる最上級品だ。

「なぜこんな事になった……」

男は「敵」を見据えて嘆息した。


事の発端は男が生まれる遥か以前に遡る。

男の曽祖父はある国で騎士を務めていた。類稀なる才覚の持ち主であり、平民出でありながら、己の腕だけで騎士に登用され、そして近衛隊の隊長まで上り詰めた。

成功していた彼だがある時その人生が一変する。

それは、王が戯れに開いた御前試合でのことだった。

その時には彼は近衛隊長としての地位に加え、剣聖としての名誉も得ていた。

彼は当然の如く決勝まで残った。そして、相手は王子であった。

それまで、加減して戦っていた彼に王子はいった。

「どうせ木剣だ。本気で来い」と。

王子の腕前では彼に勝てないのは誰がみても分かり切ったことであったし、本人にも自覚はあった。

それでも本気を望んだのは王子のプライドだろう。

勝負は一瞬だった。

騎士の木剣が、開始の合図と同時に王子の頭を砕いたのだ。

誰も捉える事の出来ぬ早業であった。


騎士は自責の念に駆られた。

王は「あいつが言いだした事だ。気にするな。」

そう言って慰めはしたものの、騎士の悔恨は癒えない。

そして、ある日。

「伝承に聞く聖杯を見つけてみせます。あの力があれば、王子を蘇らせる事ができる」と。

周りの者はもちろん止めた。

当たり前だ。伝説の中の存在など、見つけることなど出来るはずもない。

しかし、騎士は旅立ってしまった。


以来、男の一族は聖杯の探索を悲願と定め、旅を続けた。

旅の間に騎士が仕えていた国は滅んでしまった。

しかい、一族の旅は終わらなかった。

一種の呪いと化しているのだ。


男は思った。

「似ていると。」


話は数分前に遡る。

一族の悲願を男はついに達した。

かつて神の山と呼ばれた休火山の山頂で男は光輝く杯を見つけた。

その姿をみた瞬間に男は理解した。

「これだ、これこそが!」

喜び勇んで手を伸ばした。

その瞬間、男の視界は白に染まった。

気がつけば、男の前に「敵」は居た。

聖杯は消えている。


男は思いだす。

幼少のころに見た一枚の肖像を。

それは己が曽祖父のものだ。

そして感じる。

曽祖父の姿に、激しい憎悪を。


男の剣術。彼の曽祖父の剣は3つの攻撃方法と、5つの型の派生からなる。

男は剣を大上段―「日天」に構えた。

騎士は顔の右側に剣を構え、切っ先を男に向けた。構えの名称は「闘牛」

先に動いたのは男である。

一歩で敵を間合いに入れ、最大の射程から袈裟がけに斬りおろす。「怒り」の型。

騎士はその一撃を軽い動作で払う。

「くっ、重い……!」

インパクトの瞬間に全力を込めたのか、予想以上の力で跳ね上がった剣に男の上体は引き摺られた。

その間に騎士の構えは「鋤」、腰だめになっている。

必殺の勢いで男の右から突きが伸びてくる。

しかし男は、何とか体勢を立て直すと左に剣を立てた。

間髪入れずに鋭い音が鳴り響く。

「影」の型。わざと相手に狙いを悟らせ、別の部位を狙うフェイントだ。

騎士の「影」を受け流し、剣を下段、「愚者」に構える。

が、騎士の方が早い。

受け流した刃が、無理な体勢から伸びてきた。

「お前の、せいで!」

下に向けた切っ先を撥ね上げるようにして相手の頭を狙う。「泉」の型。

騎士の剣とぶつかり、打ち負かした。


知っている。

自分はこの男を憎んでいるのだ。

当たり前であろう。

騎士のわがままのせいで自分の一生は、いや、騎士に連なる者は望む望まざるに関わらず過酷な旅生活を強いられた。

男の母は旅の中、熱病にかかって死んだ。

薬さえ用意出来れば治せる病であったが、男の母が病に倒れたのは人など住まぬ荒野であった。

男には兄がいた。

旅の中で巻き込まれた戦乱で、死んでしまった。

剣の腕があるという理由で無理やりに徴兵され、見ず知らずの異国で死んだ。


なぜ騎士が目の前に現れたのか?

理由は明白だ。

自分は心の底で騎士の事を憎んでいた。出来る事ならこの手で騎士を殺したいと思っていた。

聖杯はその願いを叶えてくれたのだ。


一合、二合……男と騎士の撃ち合いは激しく、お互いに傷を増やしていった。

男は気付いている。騎士の体から血の一滴も出ていないことに。

この敵を殺しても無意味な事に。

それでも。

剣を握る手に力は籠ったままだ。

いや、傷を負えば負うほど、男の内からは闘志が湧いていた。

命と引き換えにしてでもこの敵は斃さねばならない。

生まれ堕ちた時から定められた「宿敵」なのだ。

男は「日天」に騎士は「闘牛」に。

お互いに次の一撃は必殺の刻であると、決めた。


お互いが同時に飛びだした。

「十字」の型。男の剣は上段から騎士の頸を狙い、左に動いた。

「地」の型。騎士の剣は男の胴を狙って、右に動いた。

交錯などはしない。

全体重を乗せた踏み込みで、お互いに一撃を放った。



2人がどうなったかは誰も知らない。

だが、聖杯は未だ世に出ていない。


ただ、腹に大きな傷を持った男がその輝きを語り継いでいるという。


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