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SF作家のアキバ事件簿256 地底の青は脈打つ

作者: ヘンリィ
掲載日:2026/05/31

ある日、聖都アキバに発生した"リアルの裂け目"!

異次元人、時空海賊、科学ギャングの侵略が始まる!


秋葉原の危機に立ち上がる美アラサーのスーパーヒロイン。

ヲタクの聖地、秋葉原を逝くスーパーヒロイン達の叙事詩。


ヲトナのジュブナイル第256話「地底の青は脈打つ」。さて、今回は裏アキバの森で何者かに生き埋めにされていた少女が救出されます。


少女救出の影で超能力を使ったスーパーヒロインの存在を秘匿したため、女警部は罷免の危機に、そして少女が埋められた穴からは、謎の青い結晶が…


お楽しみいただければ幸いです。

第1章 罷免へのカウントダウン


事情聴取は分けて行われる。

容疑者同士が言葉を共有しないようにするためだ。


しかし、実際には、言葉そのものが

すでに共有できないものになっている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「現場に着いたのは何時だった?」


ハンソ警部補は、ペンを動かしながら訊く。


「21時半です」


僕はそう答える。


その時間がどこから来たのか、

自分でもよくわからない。


ただ、口に出してみると

それはひどく自然に思える。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


同じ質問を、ダーナ捜査官は、

別室でラギィに投げている。


「22時を過ぎていたわ」


ラギィは迷わず応える。


「どうして、あの子がそこに埋められている、

 ってわかったの?」

「酸素タンクがあったから」


簡潔な答えだ。


だがその簡潔さが、どこか現実から

切り離されているように聞こえる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


エアリは同じ問いに、

少し違う角度から答えている。


「悲鳴が聞こえたんです」


彼女はそれ以上説明しない。

説明する必要がないことのように。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「狙撃は何発だった?」

「4発。北から」


ラギィはそう応える。

僕は隣の部屋で、


「6発です。方角はわかりません」


と答えている。


その違いがどれほど重大なのか、

そのときの僕にはまだ判断がつかない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「森の中で何をしていた?」

「ナイトハイキング」


エアリは言う。


まるで、そんな名前の習慣が本当にあるみたいに。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


同じ時刻、ラギィ警部のオフィス。

ダーナ捜査官の隣には、ルイサ判事が座っている。


彼女は書類に目を落としたまま、

しかしすべてを見ているような顔をしている。


「2人は図書館の帰りで、車が故障した。

 それで迎えに行って乗せた——そういうこと?」

「YES」


ラギィは短く答える。

判事は顔を上げる。


「図書館は20時に閉館するはずよ」


それは指摘というより、事実の確認に近い。


ラギィは何も言わない。

沈黙は、否定にも肯定にもならない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「質問は以上だ。御屋敷まで送らせる。

 メイドたちが待っていルンだろ?」


僕は立ち上がる。ハンソも一緒に。


「ラギィ警部には会えますか?」


僕は訊く。


「今は無理だ」


ハンソの声は、必要以上に平坦だ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


その頃、オフィスでは別の会話が続いている。


「私は、人命を救助したのに、

 どうしてこんな扱いを受けるの?」


ラギィは椅子に座ったまま言う。


「貴女は手順を無視した」


ルイサ判事の声は静かだ。


怒っているというより、

すでに結論が出ている声音だ。


「私のおかげで、ひとりの命が助かったのよ」

「わかってるわ」


判事は言う。

そして間を置かずに続ける。


「だからこそ問題なの」


その意味を、ラギィはすぐには理解しない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


判事は立ち上がる。


「報告書は明日の10時までに提出して。

 その後、公聴会を開く」

「また規則?」


ラギィは笑う。

乾いた、音のしない笑いだ。


「規則は、現実が壊れたときのためにあるのよ」


判事は手を差し出す。


「バッジと銃を」


ラギィはしばらく動かない。

やがて、ゆっくりと、ポケットに手を入れる。


金属が触れ合う、小さな音。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「公聴会が終わるまで停職」


判事は告げる。


「少し頭を冷やしなさい」


受け取ったバッジを、

彼女は掌の中で握りしめる。


まるで、それがまだ温かいかどうかを

確かめるように。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


そのとき僕は、ふと思う。

僕たちは


同じ出来事を語っているはずなのに

もうすでに、それぞれ別の場所に

立っているのかもしれない、と。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


外神田ER。ロリィの病室は、静かすぎる。

点滴のチューブを外しながら、ナースが言う。


「気がついたのね。よく眠れた?」


ロリィは少しだけ遅れて頷く。


眠っていた、というより、どこか別の場所から

戻ってきたような感覚が残っている。


「…貴女が、助けてくれたの?」


ナースは手を止めない。


「いいえ。私はただのナースよ」


事実だけを置いていく声だ。


「警部の知り合いだって人が、2人来てるわ。

 話を聞きたいって。でも、まだ無理よね。

 そう伝えておくわ」


毛布をかける。

その動作は正確で、無駄がない。


「何か欲しいものある?」


少し考えてから、ロリィは言う。


「…ジュース」

「わかった」


ナースは振り返らずに部屋を出ていく。

ドアが閉まる音だけが、やけに遠く聞こえる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


静寂。ロリィは天井を見ている。


何かが引っかかっている。

思い出せそうで、思い出せない。


暗い場所。

狭い空間。

息ができない。


そして。


"誰かが、こちらを見ていた"


その瞬間、ロリィは目を見開く。

さっきまでのか弱さは消えている。


ギロリ、と。


何かを"思い出してしまった目"だ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


廊下を、場違いな色彩が歩いている。


赤白チェックのナース服。

明らかに病院の規格から外れている。


「マリレ、妊活ならあっちよ」


規格外のナースが指差す。

マリレは振り返る。メイド服に花束。


「ほっといて」


横でカルテをめくっていたティルが、

ぼそりと意味を足す。


「血液検査の結果を見る限り、あの子は人間ね」


声は落ち着いている。

むしろ冷静すぎるくらいだ。


「そんなはずないわ」


マリレは即答する。


「エアリがビジョンを見てるのよ」


その言葉の方が、むしろ現実から浮いている。

ティルは肩をすくめる。


「どちらにせよ、必要な情報は取ったわ。

 確認も済んだ。帰りましょう」


1歩、下がる。


「このコスプレ、長くはもたないわよ」


マリレは答えない。

代わりに花束を押しつける。


「持ってて」


そして、廊下の角から病室を覗く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


警備の警官が1人。


ドーナツをかじりながら歩いていく。

粉砂糖が床に落ちる。


その現実の雑さが、逆に不安を増幅させる。


「やめなさいよ」


ティルは小声で言う。

でもマリレはもう動いている。


ドアに手をかける。

開ける。


ベッドは、空だ。


2人とも、しばらく理解できない。

マリレの口がわずかに開く。


「…え?」


病室の中を見渡す。

整いすぎている。


まるで最初から、誰もいなかったみたいに。

そのとき、ティルは思う。


「これは"逃げた"んじゃないわ。

 "消えた"のよ」


第2章 ダーナ捜査官の場合


謹慎中のラギィ。


キッチンでコーヒーを淹れている。

というか、ただ湯気を見ている。


シャツは皺だらけ。

ボタンもひとつ掛け違えている。


だいたいこういう小さなズレから

生活は崩れていく。


ノックがする。


ラギィは振り返らず

開いてるわ、とだけ言う。


ドアは遠慮なく押し開かれる。


「ラギィ警部?」


挑発的な目をした女が、

部屋の空気をかき乱すように入ってくる。


南秋葉原条約機構(SATO)のダーナ捜査官よ」


バッジは見せる。

それは確認のためではない。宣言だ。


ラギィはカップをひとつ、

余分に取り出し、置く。


「シャワーはもう浴びた?」

「ええ。貴女は?」


ダーナは答えず、勝手にコーヒーを注ぐ。


「ロリィが、またいなくなったの」


冷蔵庫を開ける。


「クリームは?」

「ないわ」

「でしょうね」


勝手に納得して、ブラックをひと口飲む。

顔をしかめる。


「判事があなたを現場に戻すと決めた。

 ただし、条件付きで」


ラギィは何も言わない。


「あなたは停職中。だから私の指示で動く。

 私の手足として」

「光栄だわ」

「でしょ?」


テレビでは音の消えたニュースが流れている。

誰かが責任を取らされている。


ダーナはそれを一瞥する。


「私、今回で2回目なのよ。この手の事件」


椅子を引いて座る。音が少し大きい。


「前は成功した。子供を取り戻した。

 だから次も成功させる」


コーヒーをもうひと口。


「35までに長官補。だから…

 使えるものは全部使う」


ラギィはようやくカップを手に取る。


「正直でいいわね」

「回りくどいのは嫌いなの」

「じゃあ言うけど、そのコーヒーまずいでしょ」


ダーナは少しだけ笑った。


「貴女、コーヒー淹れる才能はないわね」

「署のよりマシよ」


ラギィは上着を羽織る。


「行きましょう。時間がない」


ダーナは立ち上がる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)は、いつも通り騒がしい。

騒がしさというのは、ある種の平和の証明だ。


「やあ、みんな!僕の声、忘れてないよね?」


ドアが開き、アレクが入ってくる。

少しだけ砂漠の匂いを連れて。


「アレク!」


ミユリさんが駆け寄る。

ほとんど条件反射のように。


「東京便が遅延でさ。10時間」

「無事でよかった」


抱きしめる時間は短い。

こういう場所では長すぎる感情は浮く。


「アラビア語で"元気?"って調べたの」

「さすがね」


横でスピアが口を挟む。


「で?ロレンスみたいなイケメンはいた?」

「あとで動画を見せるよ」

「やった!」


笑い声が重なる。


「僕がいない間、何かあった?」


少しだけ間が空く。


「ラギィ警部が停職になったの」


空気が一瞬だけ静かになる。


「新聞で読んだ。冗談だと思った」

「ロリィも、またいなくなったかも」

「そっか」


その時、スピアが指差す。


「ほら。テリィたん」


ミユリさんの背中を軽く押す。


「行ってあげて」


ミユリさんは一瞬ためらい、そして走る。


「アレク、あとでね」

「うん」


彼は笑って手を振る。

その笑顔は少しだけ遅れて届く。


ミユリさんは、僕の前で立ち止まる。


「たった1ヶ月なのに」

「いろいろありました」


それだけで通じる種類の会話だ。


「エアリは?」

「ラギィの方が心配だ」

「そうですね」


少しだけ距離が縮まる。

その横を、カレルが通り過ぎた。


呼びかけには応えない。

風みたいに、まっすぐ。


僕は、ミユリさんと顔を見合わせる。

理由は、まだ言語化されない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ラギィのオフィスは、紙の匂いがする。

過去が積み重なった匂いだ。


デスクに紙袋が投げられる。


「マヨたっぷりのチキンサンド」


顔を上げるとカレルだ。


「警部。新聞の件、説明してくれる?」


ラギィは袋を開けない。


「するわ。でも今は、自由がない」

「バイトみたいな扱い?」

「そんなところ」


カレルは椅子に座らない。

立ったまま話す。


「みんな、裏切られた気分だ」

「事情を知らないだけよ」

「それで済む?」


ラギィは少しだけ目を閉じる。


「済まないわね」


ドアが開く。ダーナが入ってくる。

空気を変えるのがうまい。


「報告書は?」

「まだ」

「同居人?」


ラギィは頷く。


「SATOのダーナ捜査官」


カレルは軽く頭を下げる。


「はじめまして」

「警部に似てるわね」

「よく言われます」


短い沈黙。


「じゃあ、失礼します」


カレルは去る。ドアが閉まる音が、

少しだけ大きく響く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「それ、見せて」


ダーナは椅子に深く座ったまま、手だけ伸ばす。


透明の袋の中で、証拠は軽く擦れ合っている。

足跡の写真と、テープ片。


化学繊維が絡みついている。


「ロリィについて、新しいことは?」

「病室の指紋を調べています」


椅子の主のラギィは、立ったまま答える。


「ロリィは統合失調症。

 外神田ER病院に入院していました。

 後見人は不在。カルテに偏執的傾向とあります。

 誘拐の1週間前に脱走しています」


ダーナは何も言わない。


「カルテは請求済み。届き次第、共有します」

「コピーを頂戴」


短く言う。


ラギィは頷いて、そのまま出ていく。

来た時と同じように、空気だけが置き去りだ。


「了解しました」


ドアが閉まる。


その直後に、スマホが鳴る。


Something you have to see, M

(万貫森で見せたいものがある M)


ラギィは一度だけ画面を見て、ポケットにしまう。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「何なの?これは」


青い結晶のようなものが、穴の縁に残っている。


ナイフで触れると、わずかに弾力がある。

生き物のようにも見えるが、違う。


「昨夜は、なかったわ」


マリレは言う。


ラギィがそれを証拠品袋に入れる。

透明な袋の中で、青がわずかに揺れる。


穴の縁から、マリレが覗き込んでいる。


「ここ、立ち入り禁止でしょ」

「現場を確認したかったの」

「見られてない?」

「大丈夫」


間がある。

「…絶対?」


マリレは答えない。

ラギィは、袋の中の"それ"を見る。


「いい、マリレ。もう2度とやらないで。

 SATOが介入してきた。バレたら終わりよ」

「わかった」

「何かあったら連絡して」


マリレは頷く。

こんな時でもメイド服。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


夜のパーツ通りは、少しだけ静かだ。


閉店間際の匂いがする。

油と甘さと、冷めかけた会話。


「それ、まだ食べてる」


僕はテーブルに戻りながら言う。


「あ、どうぞ」


ミユリさんは、アンテナカチューシャを外す。

頭の形が少し変わる。


「ミユリさん。水、もらえる?」

「喜んで」


ミユリさんは僕を見る。


「6時からずっといらっしゃいます」


僕は少し考えてから言う。


「帰りたくないんだ」


ミユリさんは何も言わず、少しだけ笑う。


「それに、アキバは今、あまり良くない。

 無防備な人を狙う輩がいる」

「私のこと、心配してくださってるの?」


僕は答えない。

その沈黙を、ミユリさんは肯定として受け取る。


「ありがとう」


ドアがノックされる。

ミユリさんは小さくため息をつく。


「ちょっと待ってて」


ドアを開けると…従姉妹のションだ。


「腹減った。土星リングある?」

「キッチン、もう閉めたの」

「じゃあ小惑星パイ」

「売り切れ」

「冷たいな」

「明日来たら1割引」

「2割」

「おやすみ、ション」


ドアを閉め、エネルギッシュに施錠する。

一瞬で、店の外と内側が切り離される。


「レジを〆ます」


ミユリさんは、振り返らずに言う。


「冷蔵庫にパイ、2つ残ってます。

 お好きな時に温めてお召し上がりください」


足音が階段を上っていく。

僕はテーブルに1人残る。


店の中には、誰かがいた気配だけが残る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ラギィのアパートは、静かだ。


郵便物を確認。靴を脱ぐ。上着を椅子にかける。

日常は、手順でできている。


クローゼットを開ける。


中から、顔が出てきた。ロリィだ。

まるで、そこに最初からいたみたいに。


「私を探すの、やめて!」


鋭い声で叫ぶ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ペントハウス前の狭いベランダ。


薄く冷えた夜気の中、

アレクはプロジェクターと格闘中。


ミユリさんは、エアリにそっと尋ねる。


「平気?」


首を小さく振るエアリ。


「ロリィのことが、頭から離れないの」

「でも来てくれてうれしいわ」

「私も。少し気が紛れる」

「今夜は楽しも?」


ミユリさんは、微笑む。

そこへ銀のトレイを持ったスピアが現れる。


「アラビアン・オードブルよ。

 ピタパンにシシカバブ…

 にしても少し寒いんだけど」

「甘いな」


アレクは肩をすくめる。


「ホルムズの風を知ったら、これは春だ」


エアリはオードブルをつまむ。


「画像、ずいぶんあるのね」

「みんなにメソポタミアを見せたいんだ」


光が、まだ始まらない映像の代わりに、

彼の横顔を照らしている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ラギィのアパート。


ソファに座るラギィと、

毛布を引きずりながら部屋を歩き回るロリィ。


「ロリィ。医者に診てもらうべきよ」

「だめよ」


即答だ。


「奴らは病院にも来る」


ラギィは1拍置いて、声の調子を落とす。


「ここは安全。みんな貴女を助けたい」


ロリィは足を止め、ゆっくり振り返る。


「誰にも言わないで。私がここにいること」

「約束する」

「あなたは…あの場所で、私を助けた。

 だから違う」

「違う?」

「奴らの側じゃない」


ラギィは軽くうなずく。


「信用していい?」

「もちろん」


ラギィは視線を合わせるように、

少しだけ腰を落とす。


「話して。あれは誰の仕業なの?」


ロリィは唇を湿らせる。


「みんな同じことを聞く。

 背が高いかとか、太ってるかとか」


小さく首を振る。


「でも違うの。男じゃない」


沈黙。


「"奴等"なの」


ラギィの眉がわずかに動く。


「この世界線の人間じゃない」


その瞬間、スマホが鳴る。

ロリィの肩が跳ねる。


ラギィは画面を見て、応答。


「もしもし」


"昨夜、万貫森に続く道路は工事中だった。

 今から、作業員に当たる。来て"


ダーナ捜査官だ。


「明日では?」


"お願いしてないわ。命令だけど"


短い沈黙。


「すぐ行きます」


通話を切る。


「出かけるの?」


ロリィの声は細い。

ラギィはしゃがみ込み、目線を合わせる。


「まだよ。いい?ロリィ」

「…」

「私を信じるなら、

 私が信じている人間も、

 少しだけ信じてみて」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ベランダ。


着信音。

スピアがスマホを掲げる。


「出る?」

「いいわ、私が」


応答したスピアが、少し眉を上げる。


「あらラギィ…ええ、いるわ。少し待って」


エアリへ差し出す。


「貴女に」

「もしもし」


その間もアレクは配線と格闘している。


「なんだよ、映らない…」


エアリの表情が引き締まる。


「わかりました。すぐ行きます」


立ち上がる。

ミユリさんが振り向く。


「エアリ。大丈夫?」

「うん…ごめんね」

「気にするな。また企画するから」


アレクは振り返らずに言う。


「楽しみにしてる」


エアリは塔屋(ペントハウス)へと消える。


「暇ができたら連絡してくれ」

「ええ」


去り際、ふと足を止めて言う。


「…アレク、少し変わったね」

「旅は人を育てる」


軽く笑う。


「じゃあな」

「またね」


スピアは肩を抱く。


「寒いー」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)のホール。

階段を降りたミユリさんが、息を止める。


「ション?」


ションが小惑星パイをかじっている。


「腹、減ってさ」


ミユリさんは無言で引き出しを探る。

延長コードを取り出す。


ションが近づく。


「週末、ロックンロールショーがある」

「そう」

「来るか?」


ミユリさんは一瞬だけ立ち止まる。

その間が、微妙に長い。


「…ごめん。行けない」

「理由は?」

「ないわ。ただ、今は無理」


ションは目を細める。


「昨日一緒にいたヲタクのせいか?」

「テリィ様?いいえ、違うわ」


少しだけ強い声。


「テリィ様は特別な人だけど、それとは別の話」


肩をすくめる。

ションは頷く。


「そうか」


パイを1口かじる。


「ごちそうさま」


背を向ける。

ミユリさんは引き止めない。


ドアが閉まる。

上からアレクの声。


「ミユリ姉様!延長コード、あった?」


ミユリさんは、延長コードを手に少し考える。

それから、何事もなかったように階段を上がる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


中央通りのバラエティショップ"呑気ホーテ"。

生鮮を充実させスーパーマーケット化してる。


「そこの"ウルトラポテト"、取って」


軽い調子で言うティル。


カレルはすでに膨れた買い物籠を片手に、

渋い顔で棚に手を伸ばす。


「これ以上、俺に持たせる気か?」

「当然でしょ」


ティルは間髪入れず、次の菓子を積む。

一方、レジ横では、地元民のひそひそ話が渦巻く。


「聞いた?万世橋の警部、若い子を2人も

 パトカーに乗せて森に連れ込んだんですって」

「もう1人は撃たれかけたって話よ。

 全く警察、どうかしてるわ」


レジ係が身を乗り出す。


「警部の母親も相当だったらしいしね。

 血は争えないってやつよ」

「真夜中の森で若い子を連れ回して…

 何をしてたのかしらねぇ」


声が一段低くなる。


「その子、見た?エアリっていうんだけど…

 あれは普通じゃないわよ。

 スーパーモデルみたいな顔して、

 男を狂わせるタイプ」

「へぇ、やけに詳しいのね」


空気が一瞬、刺すように張る。

そこへ割って入る声。


「その話、やめたら?」


振り向くと、スピアのママ(エミリ)だ。


「貴女たちが彼女のことを少しでも知っていたら、 そんな言い方はできないはずよ」


井戸端会議は沈黙する。


「…これと、宝くじを2枚」


エミリが、レジに硬貨が置く音だけが響く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ラギィのアパート。


ロリィはソファの端で爪を噛んでいる。

血が滲んでいるのに、やめようとしない。


「やめて、そんなに噛んだら…」


エアリがそっと手を取る。


「でも外に出さなきゃ!奴らに埋め込まれたの」

「何を?」

「寒い…すごく寒いの」


ロリィは震えながら腕を差し出す。


「ここ。針で刺されて、何かを入れられたわ」


エアリは目を凝らす。


「…何も見えない」

「あるのよ、中に。見えないだけで」


ロリィの目は、真っ直ぐすぎる。


「私は正気よ。病院に戻る必要なんてないわ」


そのとき、インターホンが鳴る。

ロリィの肩が跳ねる。


「誰か来た?隠れる」


エアリは頷き、寝室のドアを閉める。

玄関を開けると、僕とマリレが立っている。


「ラギィに呼ばれた」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「ロリィ、もう大丈夫」


寝室のドアをノックするエアリ。


わずかに開く隙間から、やつれた顔が覗く。


「…本当に?」

「覚えてるでしょ。森で一緒だった人。

 彼女は、お友達のマリレ」


マリレは微笑み、1歩前に出る。

その瞬間、ロリィの表情が凍りつく。


「来ないで!」


ドアは、叩きつけるように閉まる。


「貴女は…死んだはずよ」

「待って!」


ロリィは窓を開け、ベランダへ飛び出す。


「ロリィ!」


エアリの声も届かない。


「下がってて」


マリレがパワーで解錠する。

寝室に飛び込むが…もういない。


下を見る。


金髪が夜に流れていく。


「逃げた!」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


真夜中のパーツ通り。

ロリィは転びながら走る。


膝を擦りむき、四つん這いになり、

それでも立ち上がる。


「助けて!」


シャッターを叩く。返事はない。


「お願い…!」


隣の店へ。暗闇へ。

背後から足音。追ってくる影。


「来ないで…!」


ロリィはさらに走る。呼吸が崩れ、足がもつれる。

それでも止まらない。


まるで、何かに追われているように。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


万世橋(アキバポリス)。ラギィ警部のオフィス。


「他に何か用は?」

「いいえ。後は書類を片付けるだけだから」

「じゃまた明日」


オフィスは主を代えている。

ラギィは、サイドテーブルの席を立つ。


その瞬間、スマホ鳴動。


「ラギィ」

「警部?ロリィが逃げたの」


エアリの声。


「今、マリレとテリィたんが追ってる」

「どこ?」

「パーツ通りの…」


今度はダーナ捜査官のスマホが鳴動。


「ダーナ。え、なに?」


スマホ片手にラギィを睨む。


だが、そのとき既にラギィは

コートを掴んで走り出している。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


同時刻。パーツ通り。


ロリィは、闇を切り裂くように走る。

息が途切れ、視界が歪む。


正面に人影…マリレ。

思い切りぶつかる。


「私は味方よ。大丈夫」

「ウソょ!」


振りほどく。再び走る。

その瞬間、ヘッドライト。


ブレーキ音。


ロリィの体がボンネットに跳ね上がり、

路上に転がり落ちる。


「大丈夫か!」


運転手が飛び出し、駆け寄る。

ロリィは腕を伸ばす。


「助けて…襲われてるの…

 時空テロリストが追いかけて来る…!」


ざわめき。人だかり。

そこへ赤と青の光。パトカーが滑り込む。


「下がってください!」


ダーナが降りる。

ラギィがその後ろに現れる。


ロリィの目が見開かれる。


「彼女の家に時空テロリストが来たの!」


震える指が、ラギィを指す。


「彼女は、時空テロリストの一味よ!

 私を引き渡そうとしたわ!」


空気が変わる。


野次馬たちのざわめきが、

明確な疑いに変わる。


「みなさん、離れてください」


ダーナの声が一段カン高くなる。


「ここは…引こう」


戦略的撤退だ。僕達は後退する。

I shall return!


「待って!」


ロリィが叫ぶ。


「信じていいって言ったのに!」


その声は、ラギィに突き刺さる。


「オリーブストリート14…あの人の家よ!

 壁紙はグリーンのチェック」


完全な沈黙。全く嫌な女だ。

ダーナ捜査官がゆっくり振り向く。


「警部。彼女は、貴女の家にいたの?」


ラギィは答えない。


「本当なのね」


1歩、詰め寄る。


「信じていたのに」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


万世橋警察署の取調室。


裸電球の光が、ラギィを真上から縛る。

ダーナが入ってくる。机にレコーダーを置く。


「どうやって彼女を見つけたの?」

「向こうから来た」

「その時、なぜ通報しなかったの?」


沈黙。


「私にでもよかった。なぜ連絡しなかったの?」


答えはない。

ダーナは机に腰をかける。


「やたらヲタクと親しいようだけど…

 彼等は何者?」

「弁護士がいた時に聞くべきでしたね」


一瞬の静止。


「あなたは捜査を妨害した」


レコーダーを指で弾く。


「このままなら、罷免よ」


カチ、とスイッチを切る。沈黙。

ラギィが顔を上げる。


「当然です」


ダーナの目が細くなる。


「でも1つだけ言わせてください」


ゆっくりと、言葉を選ぶ。


「あなたが怒るのは正しい。

 恐らく私だって同じことをする」


1拍置く。


「それでも、後悔はさせません」


ダーナは何も言わない。


「私は正しいことをしている」


視線を外さない。


「いずれ、わかります」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ペントハウス前の狭いベランダ。

夜気とプロジェクターの光。


ミユリさんとアレクは、

それぞれ毛布にくるまっている。


「カレルは、テリィ様を理解しようとしないの」

「ひと月じゃ変わらないさ」


画像が切り替わる。


「これが僕のポストファミリーだ」


メソポタミアでのホストファミリーの写真。

名前が並ぶ。


「でも…怒るのも当然よね」


ポップコーンの音。

ミユリさんは、ふと顔を上げる。


アレクは、黙ってうなずく。

それだけで、彼女は救われる。


「ごめんね」

「いいさ」


金髪のコスプレ女子と肩を組むアレク。


「ねぇ!これは?誰なの?」

「リアナさ。遠距離恋愛中」


軽く笑う。


「で、ミユリ姉様とションは?」

「ばか言わないで」

「さっき目がキラキラだったぞ」

「絶対にナイ」


少し強く否定する。


「友達よ。今は」


アレクは肩をすくめる。


「人は変わる」


画像が切り替わる。

オーロラ。


夜の砂漠に揺れる光。


「きれい…」


ミユリさんの声がほどける。


「太陽から来た粒子が、

 大気とぶつかって生まれる光だ」


静かに続ける。


「宇宙は広い。可能性に満ちている」


光が揺れる。


「この世界線にも、まだ選べる未来がある」


突然、ミユリさんの頬に涙が落ちる。


「いつか行きたい」

「行けば良いさ」


アレクは言う。


「新しい自分に会える」


オーロラは、何度も色を変えながら、

消えては現れる。


まるで、選ばれなかった可能性のように。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


"please don’t kick the machine!"


そう張り紙された自販機の前で、

カレルは、無造作に菓子を漁っている。


「話がある」


僕が言うと、彼は振り返りもせず答える。


「嫌だね」


袋をひとつ掴んで、そのまま立ち去ろうとする。


「残念だと思ってる」


追いかける。

カレルは足を止め、ゆっくり振り向く。


「警部はクビになるかもしれない」


沈黙。


「ラギィのオフィスにある。

 万貫森で見つけた"あれ"だ。

 この世界線には存在しない物質だと判明したら、 ミユリさん達が時空トラベラーだとバレる」

「そりゃお困りカモな」

「だから、頼む」


1歩近づく。


「僕はもう南秋葉原条約機構(SATO)にマークされてる。

 だが、君なら疑われない」


カレルは視線を逸らす。


「知らねえよ」


背を向ける。


「ラギィも終わるぞ」


その1言で、彼は止まる。


「証拠隠滅を問われる」


ゆっくり振り返る。


「だから?」

「君しかいない」


肩に手を置く。

カレルは何も言わず、考え込む。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)のバックヤード。

ミユリさんは静かに微笑んでいる。


「メソポタミア、行ってみたくありませんか?」


唐突だ。


「メソポタミア?」

「イランでも、イラクでもいいの」


彼女は首を振る。


「どこか遠くへ」


僕は少しだけ笑う。


「行きたいさ」


隣に座る。


「でも僕たちは無理だ」

「どうして?」

「使命がある」


ミユリさんは僕を見る。


「それ、おかしいわ」


静かに、しかし確かに。


「もっと自由に生きなきゃ」


僕は目を伏せる。


「僕と関わる人は、みんな傷つく」

「そんなことありません」

「ミユリさん。大人になれ」


彼女の目に涙が溜まる。


「一緒に行ってくれないの?」

「許されない」


短く答える。


「でも、どこにいても見てる」


ミユリさんは、僕に抱きつく。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


万世橋警察署。ラギィ警部のオフィス。


カレルは忍び込む。引き出しを開ける。

書類。昨日のランチを入れた紙袋。


その中に、淡く光る水色の結晶。


そのとき。


「カレル?」


明かりが点く。

ダーナ捜査官だ。


「勝手に入っちゃダメよ」


一瞬で顔を作るカレル。


「家賃振込の領収書をもらいに。

 実は、俺が肩代わりしてルンです」

「見せて」


鋭い目。

適当な紙を掴んで渡す。


「これです」


ダーナは紙を見る。

低く唸り声を上げる。


「貴方、これを毎月肩代わりしてるの?」


紙を返す。

カレルは何も言わずに出ていく。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


廊下。

ティルが腕を組んで立っている。


「家賃、1ケタ増やしといたわ」


紙を見るカレル。

ン十万円の家賃の領収書だ。


「…余計なことするな」

「咄嗟に幻覚を見せた。

 ねぇ!ありがとう、ティルって

 どーして言えないの?」

「冗談じゃない」


2人は歩き去る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


聴聞会場。


人は去り、熱は消える。

スポットライトがひとつ灯る。


その中に、ラギィ。


数時間前に発音された言葉。

残響のように脳内に響く。


「信頼なくして秩序なし」


ざわめき。


「近頃のラギィ警部は責務を果たしていない」


一瞬の静寂。


「よって」


1拍置く。


「職務からの罷免を勧告する」

「賛成」


いくつかの声が続く。


「反対は?」


沈黙。


木槌の音。乾いた、決定音。

闇の中で、ラギィが顔を上げる。


光は、もう当たっていない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)のバックヤード。


いつもの顔ぶれが揃う。

メイド長のミユリさん。マリレ、ティル、カレル。


扉が開き、僕とエアリが入る。


「遅れてごめん。どうした?」


誰もすぐには答えない。

沈黙が、先に答える。


ミユリさんが、ゆっくり言う。


「ラギィ警部が…免職になりました」


息が詰まる。


「…まさか」


エアリが小さく首を振る。


「そんな…嘘でしょ」

特別区(D.A.)の議会にはできるのよ」


カレルが言う。

ポケットから、くたびれたランチ袋を出す。


中で、水色の光がかすかに揺れている。


「この1年、俺たちは振り回されてきた」


低い声。


「お前たちのせいでな」


誰も口を挟まない。


「普通の生活なんて、とっくの昔に吹き飛んだ」


1歩、僕に近づく。


「もう俺たちに関わるな」


袋を差し出す。


「これ以上、誰かを犠牲にするな。

 テリィ、約束しろ」


僕は首を振る。


「それはできない」


拒絶。カレルの指がわずかに強ばる。

袋が差し出される。僕は、手を伸ばす。


次の瞬間、袋は床に落ちる。


床に、鈍い音。

誰かがが息を呑む。


カレルは何も言わず、背を向ける。

そのまま、出て逝く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


僕達は"タイムマシンセンター"に移動する。

青い結晶は、薄暗い光の中に浮いている。


「なんなの?これ」


マリレがつぶやく。

僕とエアリは答えない。


「ラギィはどうなるの?」


マリレは続ける。


「仕事、全部失うんでしょ?」


沈黙。


「それって…あたしたちを庇ったってコト?」


少しだけ声が荒くなる。


「無駄にして良いの?」


僕は立ち上がる。


「ラボに顕微鏡があったはずだ」


引き出しを開ける。


プレパラートを差し出す。

マリレが結晶を削り取る。


ガラスに乗せる。

覗き込む。


「なんだこれ」


僕も覗く。青い六角形。中心に角のような突起。

それが、ゆっくりと脈打っている。


「この石、生きてるみたい」


マリレは息を呑む。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ラギィのアパート。西陽が差す時間。

ソファに横たわったまま、眠っている。


ノック。


無視する。もう1度。さらに強く。

ラギィが顔をしかめる。


「しつこいわね」


起き上がる。


「自衛隊の勧誘なら帰って」


ドアを開ける。

そこにいたのは…


「エイミ?」


スピアの母親が、微笑んでいる。


「ねえ、神田リバーへボート乗りに行かない?」


ラギィは瞬きをする。


「この寒空に?」

「空いてるわよ。並ばなくて良いわ」


ピクニックのバスケットを掲げる。

勝手に部屋に入る。ラギィは苦笑する。


「今日は無理よ。忙しいの」

「何するの?」

「ドブ掃除」


間。エイミが、少しだけ首を傾げる。


「じゃあ手伝うわ」

「いや、それは…」


ラギィは言葉を探す。見つからない。

エイミは軽く笑う。


「友達でしょ」


バスケットをテーブルに置く。


「サラダも作ってきたわ」


窓の外を見る。


「雨も降らない」


振り返る。


「少しくらい、外に出なさいよ」


ラギィは何も言わない。

ただ、ほんの少しだけ。


肩の力が抜ける。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)のテーブル席。


肘をつき、ぼんやりと前を見ているション。

ミユリさんが静かにお給仕をしている。


顔を上げたションが言う。


「ひどい顔してるね」


ミユリさんは肩をすくめる。


「最低最悪の日々が現在進行形なの。

 聞きたいなら教えるけど」

「座らない?」

「遠慮するわ。でも、ありがと」


立ち去ろうとしたそのとき、

ションが小声で刺す。


「腹が立つことを、マスタードで描くんだ」

「何それ?」

「いいから、座って」


しぶしぶ、正面に座るミユリさん。

ションは、マスタードの瓶を差し出す。


「おばさん秘伝の技さ。

 パティにマスタードでムカつくことを書いて、

 それを食べる。悩みは一瞬で消える」

「蔵前橋の刑務所でそんなことばかりしてたの?」

「まぁ暇はたっぷりあったからね。

 ほら、書いて。見ないから」


ミユリさんは、しばらく考え、

それからビーフパティの上に文字を描く。


GLOW(大人になれ)


ションは、視線を逸らしたママだ。

ミユリさんは、1口かじる。


「どう?」

「少しは良いかも」


立ち上がる。


「ありがとう、ション」


振り向き、ほんの一瞬微笑み、歩き去る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


夜。ラギィのアパートの前にベンツ770K。

ラギィが言う。


「今日はありがとう。付き合ってくれて」

「同情じゃないわ」


静かに首を振るエイミ。


「貴女が良い人だから。

 一緒に過ごしたかっただけ」


沈黙。


ラギィはうなずき、ゆっくりと顔を近づける。

唇が触れる。


「キスも上手だしね」


もう1度、重ねる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


同時刻。アパートのキッチン。

冷蔵庫を開けるカレル。


「下にミートローフあるわ」


振り返らないまま答える。


「見つけた」


背後に立つティル。


「荷物、まとめたわ。明日、出て行く」


カレルが振り向く。


「何?」

「迷惑だったでしょ。あの話、私のことよね」


沈黙。


「今までありがとう。甘えてた」


ティルは、そのまま出て行こうとする。


「ま、待てよ」


カレルの声は、思ったより強く響く。


「行かないでくれ」


ティルは、歩みを止める。

だが、振り返らない。


「貴方が家族同然の警部を守るのは当然よ」

「君も、その"家族同然"なんだ」


少しだけ間があく。


「君たちスーパーヒロインと関わってよかった、

 と思うことが1つある。君に会えたことだ」


ティルが小さく笑う。


「私はね、ヲタクの中では貴方が一番好きよ」

「僕も。スーパーヒロインの中では君が一番だ」


短い沈黙。


ティルはくすっと笑い、台所に戻る。

日常が、音を立てずに戻って来る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


外神田ER。


ガラスが砕ける音。

マリレが中に踏み込む。


「派手ね」

「鍵より早いし」


暗い地下の書庫。

埃の匂い。古い紙の重さ。


「こんなところに閉じ込められたら、

 どうなると思う?」


エアリが呟く。


「長くはもたないわ、精神」


マリレは奥へ進む。

金属製キャビネットを力でこじ開ける。


「他人の過去を漁るのって、

 あんまり気分が良いものじゃないわね」


エアリは、無言でファイルを引き抜く。


「あった」


ページをめくる。


「…けど、ロリィの記録はないし」


そのとき。


「エアリ」


奥からマリレの声。


「こっちに来て」


ビニール袋に入った私物を差し出す。

中には、セピア色の写真の束。


輪ゴムを外し、1枚めくる。

白黒写真。裏に書かれた文字。


祖母 1935年


エアリの指が止まる。

そこに写っていたのは…


「これ」


マリレが静かに言う。


「似てる、じゃ済まされないわね」


エアリは、写真を見つめたママ答える。


「これは…私だわ」


沈黙。


時空が、わずかに歪む。



おしまい

今回は、海外ドラマによく登場する"警官罷免"をテーマに、ポストモダンな文体で説明を省く作品を描いてみました。


海外ドラマでよく舞台となるニューヨークの街並みを、最近はインバウンド並みに目立つようになった日本人ファミリーの観光先と化した秋葉原に当てはめて展開してみました。


秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。

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