表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後宮の寵愛ランキング最下位ですが、何か問題でも?  作者: 希羽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/59

第八話:物々交換と小さな経済圏

 私たちの離宮の前は、さながら小さな市場のようになっていた。


 朝夕の決まった時間になると、噂を聞きつけた侍女たちが次々と訪れ、私たちの工房で作られたハーブ製品を求めて列をなす。


「厨房から、少しだけ良質なバターを分けてもらいました。こちらのハーブティーと交換していただけないかしら」


 彼女たちが持ってくるのは、お金ではない。自分たちの持つ「スキル」や、職場から融通してもらった「現物」だ。私たちはそれらを快く受け取り、代わりに癒しの品々を手渡した。


「妃様、すごいですわ……」


 工房の片隅で、アンナが興奮気味に帳簿を指さした。それは、私が彼女に教えた簡単な複式簿記の帳面だ。


「私たちの作ったものが、こんなにたくさんのものに変わっています! 繕い物の布、バター、少しだけ質の良い小麦粉、それに……まあ、厨房の裏で育てている鶏の卵まで!」


 帳簿には、物々交換によって私たちの組合にもたらされた「資産」が、日に日に増えていく様子が記されている。


 私はその帳簿を満足げに眺めながら、組合のメンバーたちに告げた。


「よく見てちょうだい。これが、『経済』の始まりよ」


 私の言葉に、皆がきょとんとする。経済なんて、自分たちとは縁遠い、難しい言葉だと思っていたのだろう。


「難しく考えることはないわ。経済とは、価値と価値の交換のこと。私たちは、自分たちの手で『癒し』という価値を生み出し、それを他の人たちが持つ『食料』や『労働』という価値と交換している。ただそれだけのことよ」


 そして私は、交換で手に入れた小麦粉と卵、バターを指さした。


「そして、手に入れた価値を元に、私たちは新しい価値を生み出すことができるわ」

「新しい、価値……?」


 きょとんとする皆の前で、私はにっこりと微笑んだ。


「そう。次は、私たちの手で、後宮一美味しいお菓子を作りましょう」


 その日の午後は、急遽「製菓工房」へと姿を変えた。


 新鮮な卵と良質なバター、そして私たちの畑で採れたカモミールの花びらを練り込んだ、香り高いクッキー。作り方を指導するのは、もちろん私だ。


 最初は戸惑っていたメンバーたちも、甘く香ばしい匂いが工房に立ち込め始めると、瞳を輝かせて作業に没頭し始めた。


 焼き上がったクッキーは、サクサクとした食感と、口の中に広がる優しいハーブの香りが絶妙な、素朴ながらも極上の味わいだった。


「おいしい……! お店で売っているどんなお菓子よりも、ずっと美味しいです!」

「これが、私たちの手に入れたもので作れたなんて……」


 メンバーたちは、自分たちの手で成し遂げた「価値の再生産」に、感動で打ち震えていた。


 翌日、私たちはハーブ製品に加えて、「組合特製・カモミールクッキー」を交換の品として並べた。当然、侍女たちの間でたちまち大評判となり、私たちの組合の価値はさらに高まっていく。


 私たちの活動は、もはや単なる慈善事業ではなかった。


 後宮の片隅で、誰にも気づかれず、しかし確実に、私たちの手による小さな経済圏が回り始めていたのだ。


 そんなある日のこと。


 いつものように大図書館で読書に耽っていた私の元に、一人の侍女が慌てた様子で駆け込んできた。


「妃様っ、大変です! 皇帝陛下が……! 皇帝陛下が、私たちの離宮へ向かわれたと……!」

「なんですって?」


 私は思わず立ち上がった。


 皇帝アレクシス。この後宮の絶対的な支配者であり、私が最も避けてきた存在。


 彼が、なぜ今、寵愛ランク最下位の妃が住む離宮へ?


 静かに回り始めた私たちの小さな歯車が、今、大きな力によって動かされようとしている。


 私は胸騒ぎを覚えながら、急いで離宮へと向かった。私の穏やかな日常が、終わりを告げようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ