第七話:事業拡大計画
その日の午後、私たちの離宮の小さな一室で、第一回「後宮生活改善組合・事業戦略会議」が開催された。メンバーは私を含めて七名。皆、真剣な面持ちで私の言葉を待っている。
「皆、聞いてちょうだい。私たちの次の計画よ」
私はテーブルの上に、山積みのハーブと一枚の羊皮紙を広げた。
「この収穫したハーブを使って、贈り物を作りましょう。後宮で働く、すべての女性たちのための、『癒しの贈り物』をね」
私の提案に、皆がきょとんとする。私は構わず、計画の詳細を説明し始めた。
乾燥させたハーブを詰めた香り袋。数種類のハーブをブレンドした、見た目も美しいハーブティー。そして、安眠効果のあるラベンダーを詰めた小さな枕。
「私たちの目的は、自分たちの食生活を改善するだけじゃないわ。この華やかな後宮の影で、毎日懸命に働いている侍女たちの生活を、少しでも豊かにすること。それが、この組合の新しい目標よ」
その言葉に、アンナやサラたちの目が輝いた。自分たちが誰かの役に立てる。その事実が、彼女たちの胸に新しい誇りを灯したのだ。
「素敵です、妃様!」
「わたくし、裁縫なら少しだけ得意です!」
会議は一気に活気づき、私たちの離宮の使われていない一室は、その日のうちに即席の「工房」へと姿を変えた。
役割分担は、自然と決まっていった。
手先が器用なサラは、ポプリを入れる小さな布袋を作る裁縫チームのリーダーに。力持ちのマリアは、大量のハーブを乾燥させたり運んだりする作業チームを率いる。そしてアンナは、私の右腕として全体の進捗を管理し、メンバーに指示を伝達する役目を担ってくれた。
私は全体のプロデューサーとして、ハーブの最適なブレンド比率を教えたり、効率的な乾燥方法を指示したりと、工房全体に目を配る。
工房は、いつも楽しそうな笑い声と、ハーブの心地よい香りで満ちていた。それは、後宮のどこを探しても見つからない、温かく、そして活気に満ちた空間だった。
数日後、私たちの手によって、最初の製品ロットが完成した。
色とりどりのドライハーブが詰められた、可愛らしいリボンで結ばれたポプリ。ガラスの小瓶の中で、花びらが踊るように美しいハーブティー。手のひらサイズの、ラベンダーが香る安眠枕。
「すごい……。まるで、街のお店で売っているものみたいだわ……」
「これが、私たちの手で本当に作れたなんて……」
メンバーたちは自分たちの成果を手に取り、感無量の面持ちでうっとりと眺めている。
「さあ、最初の配達に行くわよ」
私の声に、皆ははっと顔を上げた。私たちは完成品を大きな籠に詰め込むと、目的の場所へと向かった。
私たちが最初に訪れたのは、後宮の中でも特に労働環境が厳しいことで知られる、巨大な洗濯場だった。蒸し暑い湯気の中で、何十人もの侍女たちが黙々とシーツを洗っている。
「皆さん、いつもお疲れ様です。私たち『後宮生活改善組合』からの、ささやかな贈り物です」
私たちがポプリとハーブティーを手渡すと、侍女たちは訝しげな顔でそれを受け取った。しかし、ポプリから漂う優しい香りを嗅いだ瞬間、彼女たちのこわばっていた表情が、ふっと和らいだ。
「いい、香り……」
「まあ、綺麗なお茶……」
感謝の言葉と共に、彼女たちの疲れた顔に浮かんだはにかむような笑顔。それを見たサラやアンナたちの顔も、誇らしげな喜びに輝いていた。
その翌朝、私たちの離宮の前には、信じられない光景が広がっていた。
昨日の贈り物のお礼を言いに来た洗濯係の侍女たち。そして、噂を聞きつけて「自分も欲しい」と尋ねてくる厨房の下働きや掃除係の侍女たちで、小さな人だかりができていたのだ。
アンナが、嬉しい悲鳴を上げながら工房へ駆け込んできた。
「妃様、大変です! ポプリもハーブティーも、昨日の分はあっという間になくなってしまいました! もっと欲しいという方たちが、たくさん来ています!」
私はその光景を満足げに眺め、静かに微笑んだ。
(さて、ここからが本番)
私たちの作ったささやかな贈り物が、この後宮に新しい価値を生み出す。
物々交換による、私たちの経済圏の始まりよ。
私の胸の中で、次なる計画の炎が、さらに大きく燃え上がっていた。




