第五十六話:断罪の円舞曲
中央広場を埋め尽くす、歓喜の渦。民衆の熱狂的な歓声が、まるで帝国の新しい時代の産声のように、天まで響き渡っていた。
貴賓席と貴族席で、二人の罪人は、ただ呆然としていた。
完璧な笑みを浮かべていたジュリアン王子の仮面は剥がれ落ち、その下には信じられないものを見たかのような、屈辱と驚愕の表情が張り付いている。
そして、イザベラの顔からは血の気が引き、彼女が何よりも執着していたはずの美貌は、憎悪と絶望によって醜く歪んでいた。
最初に動いたのは、皇帝アレクシスだった。
彼は、歓声に応えるように上げていた手を静かに下ろすと、氷のように冷たい視線を、まずイザベラへと向けた。
「近衛兵」
その静かな、しかし有無を言わせぬ命令に、壇下の騎士たちが一斉に剣を抜き、イザベラの周囲を固める。
「イザベラ・フォン・ヴァレンティス」
アレクシスは、もはや彼女を元妃としてではなく、ただの一人の罪人として、その名を呼んだ。
「そなたを、国家への反逆、及び外国勢力との内通の罪で断罪する。そなたが後宮に残ることを許したのは、私の最後の温情であったが……そなたは、その温情を自らの手で踏みにじった」
「ひっ……」
イザベラが、か細い悲鳴を上げる。彼女は、弁解の言葉さえ見つけられずに、ただ震えていた。
「本来であれば、その罪は死罪に値する。だが、私は血を好まぬ。よって、そなたから全ての爵位と財産を剥奪の上、北の最果てにある修道院への終身幽閉を命ずる。二度と、帝都の土を踏むことは許さん。……連れて行け」
その非情な宣告に、イザベラは声もなく崩れ落ち、力なく衛兵たちに引きずられていく。彼女が夢見た栄華も、憎しみに燃えた復讐も、今、全てが泡となって消えた。後宮の片隅で忘れられていくよりもさらに惨めな、歴史からの完全な抹消。それが、彼女に下された罰だった。
次に、アレクシスは、唇を噛み締め、屈辱に耐えるジュリアン王子へと向き直った。
「……さて、ジュリアン王子。あなた様は、我が帝国の『賓客』でいらっしゃる」
その声には、皮肉と、絶対君主としての揺るぎない威圧感がこもっていた。
「この度の騒動における、あなた様の関与については、我が国の諜報部が『徹底的に』調査することになるでしょう。ですが、今の帝都は、あなた様にとってあまりに危険が多すぎる」
アレクシスは、にこりともせずに続ける。
「よって、あなた様の『ご身辺の安全』を確保するため、我が国の近衛騎士団が、責任をもって、明朝、ソラリス王国までお送り届けいたします。これは、あなた様への、我が帝国からの最大限の友好の証です」
それは、外交儀礼に則った、最も丁寧で、そして最も屈辱的な、国外追放宣告だった。
ジュリアンは、全てを理解した。彼は、完璧な仮面の下で、ぐっと唇を噛み締める。その青い瞳には、初めて見せる、完膚なきまでの敗北の色が浮かんでいた。
全ての断罪が終わった後、アレクシスは、民衆の熱狂的な歓声に応えることも忘れ、ただ一人、私の元へと歩み寄った。
彼は、私の手を取り、その紫紺の瞳で、まっすぐに私を見つめた。
その瞳に宿っていたのは、皇帝としての威厳ではない。嫉妬に苦しんだ愚かな自分を悔い、そして、共に戦い抜いたパートナーへの、深い感謝と、そして愛だった。
「……リディア」
彼の声は、歓声にかき消されそうなほど小さかった。
「すまなかった。そして……ありがとう」
私は、その言葉だけで、彼の心の全てを理解した。私は、そっと彼の手を握り返し、静かに微笑んだ。
私たちの間に、もはや言葉は必要なかった。
帝国の未来を揺るがした、危険で不協和音に満ちた円舞曲は、今、ようやくその終わりを告げたのだ。




