表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後宮の寵愛ランキング最下位ですが、何か問題でも?  作者: 希羽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/59

第五十一話:皇帝の誓い

 帝都、皇帝執務室。


 アレクシスは、私宛の手紙に最後の一文を書き終えると、溶かした封蝋をゆっくりと羊皮紙に垂らした。皇帝家の紋章が、彼の揺るぎない決意を刻み込む。


 その顔には、もはや嫉妬に揺れる青年の姿はなかった。過ちを犯したことを認め、愛する女性とその仲間たちを、帝国そのものを、己の全てを懸けて守り抜くと誓った、君主の顔があった。


「近衛騎士団長を」


 彼の静かな声に、控えていた側近が駆け寄る。


「団長、これをお前に託す。帝国で最も速い馬を選び、北へ走れ。この手紙を、リディアの手に直接渡すのだ。帝国の命運を届けると思え」

「ははっ!」


 団長が恭しく手紙を受け取ると、アレクシスは氷のように冷たい視線を、部屋の隅で命令を待つ別の騎士に向けた。


「イザベラの離宮へ行け。一人の侍女たりとも外へ出すな。……一匹の鼠もだ。だが、まだ手を出すな。鳥籠の中の鳥に、自分が囚われたことを、じっくりと味あわせてやれ」


 その声には、怒りを通り越した、絶対零度の静けさが宿っていた。


 その頃、後宮の北の離宮では、イザベラが祝杯を挙げていた。


 手に入れた研究メモの写しを眺め、ソラリスの側近から約束された輝かしい未来を思い描き、彼女は勝利の美酒に酔いしれていた。


「見ていなさい、リディア・バーデン。あなたの時代は、もう終わったのよ……」


 彼女がグラスを掲げた、その時だった。


 ふと、外が異様に静まり返っていることに気づく。いつもなら聞こえてくる侍女たちの話し声が、全くしない。


 不審に思い、窓の外を見たイザベラは、凍りついた。


 彼女の離宮が、寸分の隙間もなく、皇帝直属の近衛騎士団によって完全に包囲されていたのだ。月光を反射して煌めく銀色の甲冑と、天を突く槍の穂先。彼らは石像のように微動だにせず、ただ静かに、離宮を見つめている。


 イザベラの顔から、血の気が引いていく。手から滑り落ちたグラスが、床で甲高い音を立てて砕け散った。


 鳥籠の扉は、音もなく閉ざされた。彼女は、自分がもはや狩られる側の獲物になったことを、悟った。


 ――それから二日後。


 北の村の仮設研究室に、帝都からの使者が嵐のように駆け込んできた。


 馬は泡を吹き、乗り手である近衛騎士団長は、泥と汗にまみれていた。彼は、研究室で憔悴しきった様子の私を見つけると、その前に恭しく膝をつき、皇帝からの親書を差し出した。


「リディア様! 陛下より、緊急のご親書にございます!」


 アレクシスから……?


 私の胸が、不安と、ほんのわずかな期待に揺れる。震える手で封を開くと、そこに綴られていたのは、彼の力強い、そして見たこともないほど乱れた筆跡だった。


 手紙には、全てが書かれていた。


 後宮での火事、アンナとサラが襲われたこと、そして私の研究メモが奪われたこと。


 そして、その後には、彼の魂の叫びとも言える言葉が続いていた。


『……リディア、許してほしい。私が、愚かだった。君の偉業を誇りに思う一方で、君が遠くへ行ってしまうことを恐れる、ちっぽけな嫉妬に囚われていた。私が君を疑い、冷たい言葉で傷つけている間に、君の大切な仲間たちが傷つけられ、君の努力が踏みにじられてしまった。この責任は、全て私にある』


『君は一人ではない。決して。私がいる。もう二度と、君を疑わない。君を傷つける全ての者から、この命に代えても、君を守り抜くと誓う』


『だから、どうか。私を信じてほしい。そして、無事に、私の元へ帰ってきてほしい』


 一文字、また一文字と読み進めるうちに、私の瞳から、大粒の涙が次々と羊皮紙の上にこぼれ落ちた。


 それは、孤独や悲しみの涙ではなかった。


 理解された喜び。信じてもらえた安堵。そして、遠く離れた場所で、同じ痛みを分かち合い、私のために戦おうとしている人がいる。その温かい真実が、私の凍てついた心を、ゆっくりと溶かしていく。


 私は、涙で濡れた顔を上げた。隣で心配そうに私を見守っていたフィンに、そして仲間たちに、私は微笑んでみせた。それは、この村に来てから、初めて見せる心からの笑顔だった。


「……フィン様」


 私の声は、もう震えていなかった。そこには、揺るぎない決意と、新しい力がみなぎっていた。


「夜明けを待ちましょう。そして、この病を終わらせるための、最後の実験を始めます」

「陛下が、帝都で待っておられますもの」


 皇帝の誓いは、私に光を取り戻させた。


 そして、その光は今、帝国の未来を照らす、反撃の狼煙となって、北の地で、かつてないほど力強く燃え上がろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ