第四十話:変わる後宮、変われぬ心
建国記念祭典での一件から、一年半という歳月が流れた頃、帝国の後宮は、その名こそ同じなれど、全く別の場所に生まれ変わっていた。
かつて、数百もの令嬢たちが皇帝の寵愛というたった一つの光を求めて競い合った、華やかで、しかしどこか虚ろな場所。その面影は、もはやどこにもない。
皇帝アレクシスは、私を公私における唯一無二のパートナーと定めた日、帝国の歴史を揺るがす、もう一つの決断を下していた。
――後宮制度の、事実上の解体である。
私以外の全ての妃たちは、その立場を解かれた。
彼女たちは「罪人」となったわけではない。むしろ、皇帝は一人ひとりに莫大な支度金と、その実家には爵位に見合った名誉ある役職を与え、彼女たちの未来を保障した。実家に戻る者、新たに良縁を得て嫁いでいく者。ほとんどの女性たちは、先の見えない寵愛争いから解放され、安堵と共に後宮を去っていった。
寵愛ランクは完全に撤廃され、後宮は今や、女官長が校長を務める「後宮女官学校」と、アンナやサラが運営する「後宮生活改善組合」が中核を担う、帝国における女性行政と教育の中心地となっていた。妃たちのための華美な宮は、今や女学生たちのための寮や、新しい産業を生み出すための工房として活用されている。
それは、誰もが諦めていた、理想的な改革だった。
……ただ一人、その改革を「理想」ではなく、「屈辱」と受け止めた女を除いては。
後宮の北の離宮。かつてSランク妃の筆頭として栄華を極めたイザベラの住まいは、今や訪れる者もなく、静まり返っていた。彼女は、皇帝からの「実家に戻り、良き縁談を探すがよい」という温情を頑なに拒否し、この場所に留まることを選んだ。
彼女にとって、それは温情などではなかった。全てを捧げ、皇后の座を目前にしていた自分から、地位も、未来も、誇りも、全てを奪い去った田舎娘と皇帝からの、最大の侮辱だった。
「リディア・バーデン……」
鏡の前で、イザベラは自分の顔を憎々しげに見つめる。そこに映るのは、美しくはあるが、嫉妬と怨嗟に歪んだ、もはや以前の輝きを失った女の顔。
「あなたさえいなければ……。あの女さえ、現れなければ!」
侍女たちも去り、一人きりの部屋で、彼女は来る日も来る日も、その呪詛の言葉を繰り返すだけの日々を送っていた。失われた栄光と、消えることのない憎しみの炎だけを抱きしめて。
そんな彼女の元に、一人の客が訪れたのは、南の海洋大国「ソラリス王国」から、若き王子ジュリアンが帝都に到着して、数日後のことだった。
「――元筆頭妃、イザベラ様でいらっしゃいますね。わたくし、あなた様のお噂はかねがね伺っております」
夜の闇に紛れて現れた使者は、主であるジュリアン王子からの、一通の密書を彼女に差し出した。
その文面に目を通したイザベラの瞳に、一年ぶりに、昏く、しかし確かな光が宿った。
それは、復讐という名の、新しい希望の光だった。




