第三十九話:そして、新しい日々
建国記念祭典での反乱劇から、一年が過ぎた。
帝国を覆っていたオルデン公爵の闇は完全に払拭され、帝都には穏やかで、しかし力強い活気が満ち溢れていた。
あの後、バルド・オルデンをはじめとする反乱の首謀者たちは、罪人として北の鉱山で強制労働に従事することになった。彼らが築こうとした歪んだ野望の代わりに、その労働力が、今度は帝国の本当の再生のために使われている。
皮肉なものだ。
帝国は、私たちが蒔いた種によって、着実に変わり始めていた。
北の村は、今や帝国で最も豊かな土地の一つとして知られるようになった。フィン・グレイシアは皇帝から正式に伯爵位を授かり、一族の名誉を回復しただけでなく、帝国の技術顧問として、賢者の書庫の知識を各地に広めるために飛び回っている。
後宮では、女官長が新設された「後宮女官学校」の初代校長に就任し、その厳しいながらも愛情深い指導のもと、アンナやサラが次世代の女官たちを育てていた。私たちの『後宮生活改善組合』は、今や全ての侍女たちの生活を支える、なくてはならない存在となっていた。
そして、私はといえば。
私の居場所は、もはや後宮の片隅の離宮ではなかった。皇帝アレクシスの執務室の、真隣。そこに設けられた私の執務室で、私は事実上の宰相として、彼と共に帝国の日々を支えていた。
「リディア、北の村から届いた、今年のロスマリン小麦の報告書だ。作付面積をさらに倍にできると書いてある」
「素晴らしいわ、アレクシス。それなら、治水計画も次の段階に進められますわね。賢者の書庫にあった、あの水車の設計図を使いましょう」
私たちは、恋人同士のように甘い言葉を交わすことは少ない。だが、同じ地図を広げ、同じ国の未来を語り合うこの時間こそが、私たちの何より雄弁な愛の言葉だった。
議論が白熱した後は、アレクシスが自ら、私のためにとびきり美味しいハーブティーを淹れてくれるのが、すっかりお決まりになっていた。
ある晴れた春の午後。
私たちは、二人で連れ立って、後宮の庭を散歩していた。
向かった先は、全ての始まりの場所。かつては荒れ放題だった、あの小さな庭だ。今では、色とりどりのハーブが咲き乱れ、蝶が舞う、後宮で最も美しい場所になっている。
「ここから、全てが始まったのですね」
私が懐かしむように言うと、アレクシスは優しく微笑んだ。
「そうだ。最初は、妃が土いじりをしていると聞いて、一体どんな変わり者かと思ったものだ」
「あの頃は、ただ、毎日温かくて美味しいスープが飲みたかった。ただそれだけだったのに」
くすくすと笑う私を、彼は愛おしげに見つめる。
「君のその一杯のスープが、この帝国を救ったのだよ、リディア」
彼はそっと、私の手を取った。その手は、皇帝としてのものではなく、ただ一人の男性としての、温かい手だった。
「……これからも、君の作るスープを、一番近くで飲ませてはくれないだろうか」
それは、あまりにも彼らしい、不器用で、けれど誠実なプロポーズだった。
私は、満開のカモミールの甘い香りに包まれながら、込み上げてくる幸せを噛み締めた。
「ええ、喜んで。陛下」
私はいたずらっぽく微笑み、そして、付け加えた。
「――いいえ、アレクシス」
最下位の妃として後宮の隅で始まった私の物語は、一杯のスープから、やがて帝国そのものを耕す壮大な物語になった。
そして、この国に生きる全ての人が、温かいスープを飲んで心から笑える、そんな未来が訪れるその日まで。
私の挑戦は、愛しいこの人と共に、これからもずっと、続いていく。




