第三十三話:祝杯と新しい計画
私たちが勝利の知らせと共に北の村へ帰還した時、そこには前回とは全く違う光景が広がっていた。
「リディア様がお戻りだ!」
「我らの英雄が帰ってきたぞ!」
村人たちが、まるで長年待ちわびた春の訪れを喜ぶかのように、熱狂的に私たちを出迎えてくれたのだ。長老は、その深い皺の刻まれた顔を涙で濡らしながら、何度も私の手を取って感謝の言葉を繰り返した。
その夜、村の広場では、ささやかな、しかし心のこもった祝宴が開かれた。
私たちの組合が差し入れた保存食や、村人たちがけして豊かではない蓄えの中から持ち寄ってくれた黒パンとチーズ、そして貴重なエール酒が振る舞われる。焚火の周りでは、子供たちが楽しげに歌い、大人たちは何十年ぶりかの希望に満ちた笑顔で語り合っていた。
私は、その輪の中心で、杯を高く掲げた。
「この勝利は、私一人のものではありません! 何十年もの間、悲しみに耐え、そして今回、勇気を出して真実を語ってくださった、皆さん一人ひとりの勝利です! この祝杯を、私たちの未来に!」
私の言葉に、村中が「おおーっ!」という歓声で応えた。それは、新しい時代の始まりを告げる、力強い産声のようだった。
宴の後、私はフィンと長老、そして村の代表者たちと共に、集会所で今後の計画について話し合った。そこへ、帝都から皇帝アレクシス直筆の手紙が届けられた。
手紙によれば、オルデン公爵の没収された莫大な財産の一部が、正式に『北の村 復興資金』として下賜されることが決定したという。さらに、帝国直轄鉱山は一時的に閉鎖され、新しい浄化設備が完成し次第、皇室とグレイシア家、そして村の代表者が共同で運営する、新しい組織として再開されることになった。
搾取されるだけの存在だった村人たちが、自分たちの土地の資源を、自分たちの手で管理する。それは、この国の歴史において、画期的なことだった。
その上で、私は皆に、具体的な『北の村 再生計画』を発表した。
第一に、川の浄化。フィンの指揮のもと、賢者の書庫の技術を使った浄化設備の建設を開始する。これは、ただ帝都の職人に作らせるのではない。村の若者たちが技術を学び、自らの手で、自分たちの命の川を再生させるのだ。
第二に、農業の再生。私の指導のもと、汚染に強い『ロスマリン小麦』の試験栽培を開始する。土壌を豊かにするための堆肥作りも、村全体で取り組む。
そして第三に、氷室・燻煙室の復活。これらは単に後宮のためだけでなく、この村の新しい産業の核となる。収穫した作物を高品質な保存食として加工し、帝都へ出荷する。村に、安定した現金収入をもたらすための計画だ。
壮大な、しかし地に足のついた計画に、村人たちの瞳が希望に輝く。
長老が、代表して深く頭を下げた。
「リディア様。我らはもはや、ただ助けを待つだけの民ではありませぬ。あなたと共に、我らの手で、この土地を蘇らせることを、ここに誓いましょう」
翌日から、村は生まれ変わった。
浄化設備の建設チーム、土壌を改良する農業チーム、そして古い技術を学ぶ職人チーム。村全体が、未来を築くための巨大な工房となり、誰もが生き生きとした汗を流し始めた。私も後宮の妃のドレスを脱ぎ、動きやすい村娘の服装で、自ら土に触れ、仲間たちと共に働いた。
そんな活気に満ちた村の様子を、少し離れた丘の上から、一頭の馬に乗った人影が静かに見つめていた。
男は、風に揺れる外套のフードを目深にかぶり、その顔を窺い知ることはできない。しかし、彼が村に向けるその眼差しには、凍てつくような冷たさと、決して消えることのない復讐の炎が宿っていた。
オルデン公爵の失脚によって、全てを失った者。その怨嗟が、今、静かにこの村へと向けられようとしていた。
平和な再建が始まったかに見えた北の村に、新たな脅威の影が、静かに忍び寄っていた。




