第三十二話:審判の時
議場にいる全ての者たちの視線が、私が掲げた一枚の設計図に突き刺さっていた。オルデン公爵は、それが何かもわからぬまま、ただ愕然とした表情で立ち尽くしている。
私は、静かに、しかし明瞭に、その設計図が持つ意味を解説し始めた。
「この設計図に描かれているのは、『賢者の書庫』に眠っていた古代の製錬技術です。木炭と水力を利用し、鉱石から不純物を極めて効率的に取り除くこの技術を用いれば……」
私は一呼吸置き、決定的な事実を告げた。
「有害な廃水を一切出すことなく、現在の二倍の純度の鉄を、およそ半分のコストで生産することが可能となります」
議場が、どよめきに揺れる。
コストは半分、品質は二倍、そして環境汚染はゼロ。それは、魔法のような、しかし紛れもない技術的真実だった。
私は、血の気を失ったオルデン公爵に向き直り、最後通告を突きつけた。
「つまり、オルデン公爵。あなたが『国益のためのやむを得ない犠牲』と称して、民に毒水を飲ませ、大地を汚染させてきたその行為は、そもそも全く不要なものだったのです。それは国益のためではない。ただ、旧弊な利権にしがみつく、あなたの個人的な利益を守るためだけの、愚かな行いでした」
私の言葉が、彼の主張の根幹を、音を立てて粉々に砕いた。
もはや、議場にいる誰一人として、オルデン公爵を弁護する者はいなかった。彼の派閥の貴族たちですら、青ざめた顔で彼から視線をそらしている。
その時、議長席で静かに成り行きを見守っていた皇帝アレクシスが、ゆっくりと立ち上がった。その声は、静かだったが、帝国の隅々にまで響き渡るような、絶対的な威厳に満ちていた。
「審判の時だ」
彼は、崩れ落ちそうになっているオルデン公爵を見据え、厳かに言い渡した。
「財務卿オルデン公爵を、国家への背信、および帝国臣民に対する重大な加害行為の罪で、その職を解く。全財産を没収の上、所領にて終身蟄居を命ずる!」
衛兵たちが、力なく膝をついたオルデン公爵の両脇を抱え、議場から連れ出していく。彼の時代の、完全な終わりだった。
公聴会が閉会した後、私の周りには、これまで遠巻きに見ていただけだった良識派の貴族たちが、次々と集まってきた。
「妃殿下、お見事でしたな!」
「我が領地も、痩せた土地のことで悩んでおりまして……どうか、妃殿下のお知恵を拝借できませぬか」
私が後宮の片隅で始めた小さな改革の波は、今や帝国全体を動かす、大きなうねりとなっていた。
その報せは、すぐに後宮と、遠く離れた北の村にも届いた。
後宮では、女官長が、人目もはばからず、そっと涙を拭ったという。アンナとサラ、そして組合の仲間たちは、抱き合って私たちの勝利を喜び、その日の後宮は、一日中祝祭のような雰囲気に包まれた。
北の村では、長老が、何十年ぶりだという心からの笑顔で、村人たちに勝利を伝えた。人々は歓声を上げ、フィンは、澄み渡る北の空を見上げながら、一族の名誉が回復されたことを、静かに先祖の霊に報告していた。
その夜。
私は、帝都のきらめく夜景が見渡せる、皇帝の執務室のバルコニーにいた。
「ありがとう、リディア」
隣に立つアレクシスが、心からの声で言った。
「お前がいなければ、私は帝国の奥深くに溜まった膿を、生涯出すことができなかっただろう」
「いいえ、陛下。これは、終わりではございません。むしろ……」
私は、彼の紫紺の瞳をまっすぐに見つめ返した。
「……これからが、本当の国作りの始まりですわ。賢者の書庫の知識を使い、北の村を復興させ、氷室を復活させる。そして、この国の全ての民が、温かくて美味しいものを食べて、心から笑えるようにするのです」
私の言葉に、アレクシスは、穏やかに微笑んだ。彼はそっと、私の手を握る。その手は、皇帝としてのものではなく、一人の同志としての、温かい手だった。
「ああ。共に、作っていこう。我々の、新しい帝国を」
眼下に広がる帝都の灯りは、まるで私たちの未来を祝福する、無数の星々のようだった。




