第三十一話:特別公聴会
帝国の意思決定の中心、貴族院。
荘厳な大理石の柱が並ぶその議場は、静かだが、火花が散るような緊張感に満ちていた。オルデン公爵派の貴族たち、皇帝を支持する良識派、そして事の成り行きを固唾を飲んで見守る日和見派。帝国中の権力者たちが、この歴史的な公聴会に集まっていた。
その中央通路を、私は一歩一歩、まっすぐに進む。
「妃が議場に、それも証言台に立つなど……前代未聞だ」
「あれが噂の、バーデン伯爵の娘か……」
囁かれる声を背に受けながら、私は臆することなく証言台に立った。
最初に弁論を始めたのは、オルデン公爵だった。
彼は老獪な政治家だった。豊かな白髭をたくわえ、威厳に満ちた声で、巧みに聴衆の心を操ろうとする。
「この鉱山は、我が帝国の繁栄を支える、重要な国家事業であります! 国益のためには、多少の犠牲はやむを得ないこと! それを、政も知らぬ一介の妃が、北の蛮族を唆し、私利私欲のために帝国を混乱に陥れようとしているのです! 私が長年、先帝陛下のご意志を受け継ぎ、この国に尽くしてきた忠義を、皆様は疑われるのですか!」
彼の演説に、オルデン派の貴族たちが大きく頷き、議場の空気は、一瞬にして彼に傾いたように見えた。
次に、私の番が来た。
私は、感情的にならず、静かに、しかし議場の隅々にまで響き渡る声で語り始めた。
「わたくしが田舎者であることは、事実です。ですが、だからこそ、帝都の皆様が長年見過ごしてこられた、民の痛みがわかります」
私は懐から、一冊の古びた日記を取り出した。長老から託された、村の記録だ。
「これは、北の村のある家族の記録。……帝国歴八四二年、長男ゲルハルト、原因不明の熱病で死亡、享年八歳。八四五年、畑の作物が全て枯れる。八五〇年、家畜の仔が、奇形ばかりで生まれなくなる……」
一人、また一人と、名前と、失われた命の記録が読み上げられるたび、議場は水を打ったように静まり返っていく。
次に、私はあの不気味な紫色に染まった水の入ったガラス瓶を、高く掲げた。
「オルデン公爵のおっしゃる『多少の犠牲』とは、民にこの毒水を、何十年も飲ませ続けることですか!」
その揺るぎない物証に、議場が戦慄する。
そして私は、証人としてフィン・グレイシアを壇上へ招いた。彼は、専門家として、この川の汚染が鉱山の開発と完全に時期を同じくして始まったことを、冷静に、そして科学的に証言した。
「言いがかりだ! 全ては、その呪われた一族の妄言にすぎん!」
オルデン公爵が、顔を真っ赤にして叫んだ。
その時、議長席に座っていた皇帝アレクシスが、静かに、しかし威厳のある声で制した。
「公爵、静粛に。証人への威圧は許さん。反論があるのなら、感情ではなく、データで示すがいい」
皇帝の言葉が、議論の流れを決定づけた。
私が提示した圧倒的な「真実」の前に、オルデン公爵は完全に追い詰められ、その顔色を失っていた。議場の空気は、もはや完全に、私に味方していた。
私は、とどめの一撃を放つために、最後の一枚の切り札を手に取った。
「オルデン公爵。あなたのやり方は、民を犠牲にするだけでなく、国を豊かにするのでもありません。国を内側から蝕むだけです。……そして何より」
私は、賢者の書庫から持ち出した、新しい製錬技術の設計図を、議場の全員に見えるように高く掲げた。
「――何より、あなたのやり方は、あまりにも時代遅れで、非効率的なのです」
経済合理性という、彼が最も得意としてきた土俵での、完全な否定。
公爵が「そ、それは……一体何だ……!」と愕然とする。議場に集った全ての貴族たちが、その見たこともない精緻な設計図に釘付けになっていた。
私の手の中にあるのは、単なる一枚の羊皮紙ではない。
旧時代の腐敗を打ち破り、帝国の新しい未来を切り拓く、希望そのものだった。




