第二十九話:帝都の敵
村の質素な宿舎に戻った私たちは、重苦しい雰囲気の中で作戦会議を開いていた。
皇帝アレクシス自らが、私たちの新たな敵であるオルデン公爵について説明してくれた。
「財務卿オルデン公爵は、先帝の時代からの重臣だ。帝国の財政を牛耳り、その富で多くの貴族を派閥に取り込んでいる。鉱山の利益は、彼の力の源泉そのもの。下手に手を出せば、公爵だけでなく、帝国貴族の三分の一を敵に回すことになりかねん」
力ずくで公爵を更迭すれば、内乱の火種にもなりうる。皇帝にとっても、極めて厄介な政敵。それがオルデン公爵の正体だった。
「……ならば、陛下」
重い沈黙を破ったのは、私だった。
「正攻法で鉱山の操業を止めるのではありません。鉱山を、『止めざるを得ない』状況を作り出すのです」
私の言葉に、全員の視線が集中する。
「オルデン公爵の力の源泉が『金』であるならば、私たちも『金』、すなわち経済合理性で戦います。そして、彼のもう一つの盾が『情報操作』であるならば、私たちは揺るぎない『真実』を武器とするのです」
私は、二つの具体的な戦略を提案した。
一つは、証拠の徹底的な収集と可視化。この村が長年受けてきた汚染の被害……病に倒れた人々、収穫できなくなった畑、死んだ家畜の数を、一件残らず記録する。そして、川の汚染そのものを、誰の目にも明らかな形で証明する。
そしてもう一つは、新技術による経済的優位性の確立。賢者の書庫にあった、より効率的で環境負荷の少ない新しい製錬技術。その設計図を元に、私たちが新しい鉱山運営のモデルを提示するのだ。
「浄化設備を設置しても、なおかつ現状より多くの利益を生み出せる。その利権を陛下が握り、オルデン公爵の旧式で非効率なやり方を『時代遅れ』にするのです。利益が出ない事業に、彼の派閥の者たちもいつまでも付き従いはしないでしょう」
私の戦略に、皇帝は感嘆の息を漏らした。
「……お前は、いつも私の想像を超えるな」
役割分担は、すぐに決まった。
皇帝は帝都に戻り、オルデン公爵派閥の切り崩しと、新技術導入のための準備を水面下で進める。
私とフィン、そして村人たちはこの地に残り、汚染被害の証拠を集め、来るべき対決の切り札を用意する。
出発の朝、皇帝は私の肩にそっと手を置いた。
「私が帝都に戻るまで、決して無茶はするな。お前の身に何かあれば、私は……この計画も、帝国の未来も、全てを投げ打ってしまうやもしれん」
その紫紺の瞳に宿る、深い信頼と気遣いに、私は静かに頷き返した。
皇帝が去った後、私たちの村での地道な調査が始まった。
最初は遠巻きに見ていた村人たちも、私たちが本気で村を救おうとしていることを理解し、一人、また一人と心を開いて協力してくれるようになった。病気の家族のこと、育たなくなった作物のこと……。長年、胸の内に押し込めてきた悲しみと怒りが、次々と証言として集まっていく。長老は、代々伝わる村の古い日記を、震える手で私に託してくれた。
そして、調査開始から一週間後。私は村の中央広場に、村人全員を集めていた。
「皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございます。これから、この村を蝕む『呪い』の正体を、皆様自身の目で見ていただきます」
私は、賢者の書庫の知識を元に用意した、ある植物の種子を取り出した。古代の文献によれば、この種子は、特定の重金属に反応して色を変える性質を持つという。
私は村人たちの目の前で、川から汲んできた濁った水をガラスの瓶に注ぎ、その中に種子を数粒、落とした。
最初は何の変化もなかった。しかし、数分が経った頃、瓶の中の水が、ゆっくりと、しかし確実に、不気味な紫色へと変わっていく。
「まあ……!」
「川の水が……!」
広場に、どよめきが走る。
それは、長年彼らを苦しめてきた「呪い」が、科学的に証明された瞬間だった。
私は、紫に染まった瓶を高く掲げ、集まった村人たちに、そして帝都にいるであろう見えざる敵に向かって、力強く宣言した。
「皆さん、これが証拠です。この揺るぎない『真実』を武器に、私たちは帝都の闇と戦います!」
北の辺境の地で、私たちの反撃の狼煙が、今、確かに上がった。




