第二十八話:汚染源を追って
「呪いの正体を、突き止めなければなりません」
私の言葉に、皇帝アレクシスは静かに、しかし力強く頷いた。
翌日、私たちは川の汚染源を特定するための調査チームを結成した。指揮を執る私、地理と水脈の専門家であるフィン、そして皇帝自らが「帝国の闇は、私自身の目で見なければならん」と同行を宣言し、護衛の騎士数名と、案内役として村の長老と若者たちが加わった。
私たちは、濁った川の流れを遡るように、上流の森へと足を踏み入れた。
森の中は、不気味なほど静かだった。鳥の声も、獣の気配もほとんどしない。川を遡るにつれて、水の色はますます濃くなり、鼻をつくような金属の匂いが強くなっていく。川岸には、腹を上にして打ち上げられた魚の死骸が点在し、植物は毒に侵されたかのように枯れていた。
「子供の頃は、この川で手を掬えば、そのまま飲めるほど澄んでいたものですが……」
案内役の若者が、悔しそうに呟く。彼の言葉が、失われたものの大きさを物語っていた。
数時間歩き続けた頃、森の木々が途切れ、目の前に衝撃的な光景が広がった。
山肌が、まるで巨大な獣に食い荒らされたかのように、無残に削り取られている。その中心には、黒い煙を吐き出す精錬所らしき建物。帝国直轄の、鉄鉱石鉱山だった。
そして、私たちは見てしまった。
「呪い」の、あまりにもおぞましい正体を。
鉱山の麓、精錬所から伸びる太い管から、どす黒く、泡立った廃水が、何の処理もされることなく、轟音と共に直接川へと垂れ流されていたのだ。
その廃水が流れ込む地点から下流が、あの死の川へと変貌している。
「……これか」
皇帝の低い声には、静かな怒りが燃えていた。
先代、そして先々代の皇帝が進めた富国強兵策。その繁栄の影で、帝国の片隅の村が、その命の源を、こうして静かに毒殺され続けていたのだ。
「陛下」
私は、この時のために賢者の書庫から持ち出していた、治水と鉱物学に関する古文書の写しを広げた。
「この書によれば、古代の鉱山では、石灰石と木炭を幾重にも重ねた濾過槽を用い、水を浄化していたとあります。失われた技術ですが、この図面があれば、再現は十分に可能です」
それは、絶望の中に差し込んだ、一筋の光明だった。
皇帝アレクシスは、目の前の惨状と、古の叡智が記された設計図を交互に見比べ、為政者として固い決意をその顔に刻んだ。
「……富とは、民の暮らしを犠牲にして築くものではない。私は、先帝たちの過ちを、ここで正す」
彼はすぐさま、鉱山の監督官を呼びつけた。
しかし、現れた男の態度は、尊大そのものだった。皇帝の前に跪きもせず、彼はふてぶてしく言い放った。
「これはこれは、皇帝陛下。このような辺境まで、ようこそお越しくださいました」
「貴様、この惨状を見て何とも思わぬのか! 直ちに廃水の垂れ流しを停止し、浄化施設の建設に取りかかれ!」
皇帝の怒声にも、監督官は動じない。彼は、まるで切り札を見せつけるかのように、にやりと笑った。
「恐れながら陛下。この鉱山の運営は、中央の財務卿であらせられる、オルデン公爵様に一切を任されております。公爵閣下のご許可なく、生産効率を落とすような命令は、たとえ陛下からであろうとも、お受け致しかねますな」
その言葉に、私たちは息を呑んだ。
この汚染の裏には、帝都の中枢に巣食う、有力貴族の巨大な利権が絡んでいたのだ。
問題は、単なる地方の環境汚染ではない。帝国の腐敗そのものとの、正面からの戦いとなる。
「……オルデン公爵」
皇帝が、その名を氷のように冷たい声で呟いた。彼の紫紺の瞳に、静かだが、決して消えることのない闘志の炎が宿るのを、私は確かに見た。
私たちの本当の敵は、この濁った川の、さらに向こう側にいた。




