表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後宮の寵愛ランキング最下位ですが、何か問題でも?  作者: 希羽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/59

第二十五話:建国の夜

 建国の夜、後宮は静かな、しかし熱のこもった興奮に包まれていた。


 侍女たちは仕事の手を休め、誰もが固唾を飲んで、地下深くで行われるであろう歴史的瞬間に想いを馳せている。


 そして、その舞台である謎の扉の前には、帝国の未来を担う者たちが集結していた。


 私と、フィン、アンナ、サラ、そして厨房長。


 さらに、この歴史の証人となるべく、皇帝アレクシス自らが、女官長を伴ってそこに立っていた。


 ランタンの灯りが揺れ、壁に私たちの巨大な影が踊る。厳かで、神秘的な空気が場を支配していた。


「時間だ」


 フィンが、持参した天球儀と古い星図を床に広げた。


「古文書によれば、『星々が天秤を支えし時』とは、建国が宣言された、まさにその瞬間の星の配置を指す。……そして、それが今だ」


 彼の言葉と共に、私たちは天を仰いだ。もちろん、分厚い岩盤に阻まれて本物の星空は見えない。だが、私たちの頭上遥か、帝都の夜空では、数百年ぶりに、星々が建国の日と全く同じ位置についているはずだった。


「残るは、『賢者の言葉』……」


 皇帝が、ごくりと喉を鳴らす。


 全ての視線が、私一人に注がれる。私はゆっくりと一歩前に進み出た。


「陛下。わたくしが数多の古文書を読み解いた末にたどり着いた『賢者の言葉』。それは、武勲を称える勇ましい言葉ではございませんでした」


 私は、扉にそっと手を触れた。ひんやりとした石の感触が、私の決意を固めてくれる。


「初代皇帝陛下が最も大切になさったのは、民の暮らし。ある農政記録の片隅に、その理念は記されておりました。我が礎は――」


 私は息を吸い込み、澄んだ声で、その言葉を紡いだ。


「――我が礎は、民のパンと、平和な眠りの中にあり」


 その言葉が、静かな地下広間に響き渡った瞬間だった。


 ゴゴゴゴゴ……!!!


 地響きのような、低い唸り声。私たちが触れていた石の扉が、ゆっくりと、しかし確実に内側へと沈み込み始めたのだ。数百年もの間閉ざされていた封印が解かれ、古代の空気が、私たちの頬を撫でる。


 やがて完全に開かれた扉の向こうに広がっていたのは、私たちの想像を絶する光景だった。


 そこは、埃っぽいが、完璧な状態で保存された、巨大な書庫だった。壁一面の書架には、金銀財宝ではない、羊皮紙の巻物や革張りの書物が、整然と並べられている。


 農業技術、治水工事の設計図、薬草学の体系的な記録、そして、帝国法の草案。それらは全て、この帝国を豊かにするための「知恵」そのものだった。


 そして、広間の最も奥の壁には、初代皇帝の言葉が力強く刻まれていた。


叡智(えいち)は力に勝り、民を富ます』


「おお……」


 皇帝アレクシスが、感嘆の声を漏らした。


「私は……我が偉大なる祖先の、本当の想いを、今まで理解していなかったのかもしれん……」


 彼の瞳には、深い感動と、為政者としての新たな決意の光が宿っていた。女官長は、その後ろで静かに涙を拭っている。


 私は、目の前の光景に、畏敬の念で打ち震えていた。私が信じてきたこと、やってきたことの全てが、この帝国の始まりの理念と、確かに繋がっていたのだ。


 その時、皇帝が私に向き直り、その場で新たな勅命を下した。


 その声は、後宮の地下深くに、そして帝国の歴史に、力強く刻まれた。


「リディア・バーデン、及び『後宮環境改善計画・特別作業班』に命ずる! この『賢者の書庫』に眠る叡智を解読し、帝国全土の民のために役立てよ! これは、私と、そして初代皇帝陛下からの、願いである!」


 私たちの使命は、もはや後宮の中だけにとどまらなくなった。帝国の未来そのものを、この手で築いていくのだ。


 皇帝は、壇上から降りるように私の前に立つと、そっと私の手を取った。


「お前の言う通りだったな、リディア。国の礎とは、足元にある、ささやかな幸せの積み重ねだ」


 彼の紫紺の瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。


「これからも、私の隣で、その景色を、私に見せてはくれぬか」


 それは、命令でも、願いでもない。公私にわたる、対等なパートナーとしての、誠実な申し出だった。


 私は、その手を取り返し、力強く頷いた。


 後宮の片隅、最下位の妃から始まった私の物語は、今、帝国の未来を紡ぐ、壮大な物語へとその姿を変えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ