第二十四話:噂と真実
「妃様、このままでは……!」
執務室に戻るなり、アンナは泣きそうな声で訴えた。
彼女の報告によれば、悪意に満ちた噂の影響は、私たちが想像していた以上に深刻だった。
組合の活動に協力してくれていた侍女たちが、怖がって距離を置き始め、厨房や衛兵たちの中にも、私たちに疑念の目を向ける者が出始めているという。
敵の狙いは明確だった。物理的な妨害ではなく、私たちを心理的に追い詰め、後宮の中で完全に「孤立」させること。
「落ち着きなさい、アンナ」
私は動揺する仲間たちを見渡し、静かに言った。
「力には力で対抗する。そして、噂には『真実』で対抗する。これが鉄則よ」
私はすぐさま、主要メンバーを招集し、緊急会議を開いた。
議題は、この「情報戦」にどう打ち勝つか。
「噂の出所は、おおよそ見当がついています」
口火を切ったのは、意外にも女官長だった。
「後宮の噂話は、全て私の耳に入るようにできておりますのでな。発信源は、Sランク妃筆頭の、イザベラ様の取り巻きでしょう。陛下の勅命を下らない嫉妬で妨害するなど、後宮の風紀を乱す許しがたい行為。見過ごせません」
彼女の強力な情報網は、瞬時に敵の正体を暴き出した。頼もしいことこの上ない。
「ありがとう、女官長。ならば、私たちのやるべきことは一つね」
私は一枚の大きな羊皮紙を広げ、反撃の作戦を告げた。
「三日後、後宮の中央広場で、第一回『後宮環境改善計画・進捗報告会』を開催します」
「報告会、ですか?」
「ええ。徹底的な『情報公開』よ。私たちの活動を、誰にでもわかる形で、全て見せるの」
私たちの作戦は、すぐさま実行に移された。
組合のメンバー総出で、報告会で使うための資料作りに取り掛かる。地下貯蔵庫の清掃前と後の見取り図、給食改善によるコスト削減効果のグラフ、そして氷室の壮大な設計図の写し。難しい言葉ではなく、誰もが一目でわかるように、たくさんの絵や図を使って。
そして、報告会当日。
中央広場には、不安と好奇の入り混じった目をした、大勢の侍女たちが集まっていた。その中には、噂を流した張本人である、上位妃たちの姿も見える。
私は、壇上の中央に立つと、鍛え抜かれた声量で高らかに語り始めた。
「皆さん! 私たちが地下で『怪しげな儀式』を行っているという噂、聞きましたか?」
私のいきなりの切り出しに、聴衆がどよめく。私は構わず、一枚の絵を掲げた。
「これが、儀式の正体です! 半世紀もの間放置され、ネズミの巣窟となっていた地下貯蔵庫の『大掃除』の様子ですわ!」
私のユーモアを交えた言葉に、侍女たちの間からくすくすと笑いが漏れる。
私は次に、隣に控えていたフィンを手招きした。彼が壇上に上がると、その異質な雰囲気に、聴衆が再びざわめく。
「そして、こちらが『呪われた氷の一族』と噂の、フィン・グレイシア様です! 彼は呪われているのではありません。帝国が一度は捨ててしまった、偉大な氷の技術を受け継ぐ、最後の技術者なのです!」
私はフィンの協力が、この後宮、ひいては帝国の未来にとっていかに重要であるかを、熱を込めて語った。フィンは、最初は戸惑っていたが、大勢の聴衆の前に立ち、その技術の価値を認められたことで、その背筋は誇り高く伸びていた。
そして、仕上げに、私は合図を送った。
アンナやサラたちが、焼きたてのクッキーと、温かいハーブティーを、集まった侍女たち全員に配り始めたのだ。
「どうぞ、召し上がれ! これが、私たちの活動が生み出した、嘘偽りのない『真実』の味です!」
その美味しさと温かさは、どんな言葉よりも雄弁に、侍女たちの心に染み渡っていった。彼女たちの不安や疑念は、みるみるうちに払拭されていく。逆に、こんな素晴らしい活動を貶めようとした者たちへの、静かな怒りが広まっていくのを感じた。
報告会の最後に、私はもう一つの爆弾を投下した。
「そして、私たちの調査は、帝国の始まりに関わる、ある大きな秘密の扉へとたどり着きました」
私は、あの日見つけた古文書の一節を、朗々と読み上げる。
「――星々が天秤を支えし建国の夜、賢者の言葉が、帝国の礎への道を拓かん」
聴衆が、息を呑む。
「この古文書が示す『建国の夜』は、今からちょうど、三日後に迫っています。私たちは、その日に、この後宮の地下に眠る、帝国の叡智の扉を開けることに挑戦します!」
噂を完全に鎮圧し、後宮の心を一つにした上で、私は高らかに宣言した。
私たちの次なる挑戦の舞台は整った。後宮中の誰もが、固唾を飲んで、その歴史的瞬間を待つことになったのだ。




