第二十三話:二つの計画
地上に戻った私たちは、すぐさま執務室で作戦会議を開いた。
目の前にある課題は二つ。本来の目的である『氷室・燻煙室の復活』。そして、予期せず発見した『賢者の書庫』の謎。
「両方、成し遂げる。その言葉に偽りはないわ」
私は地図と設計図を広げ、仲間たちに告げた。
「これより、私たちの特別作業班を二つのチームに分けます」
チームA:『賢者の書庫』調査班。
リーダーは私。古代技術の専門家としてフィンにも参加してもらうわ。主な活動場所は大図書館。あの扉の紋章の謎を解き明かすのが目的よ。
チームB:『氷室・燻煙室』復活作業班。
こちらの現場監督は、女官長、あなたにお願いしたいのです。
「……わたくしが?」
女官長の目が、驚きに見開かれる。
「ええ。後宮の隅々を知り、多くの人間を動かしてきた、あなたの経験が必要です。厨房長と協力して、職人たちを率い、施設の清掃と修復作業を指揮してください」
私の真摯な言葉に、女官長はしばし黙考した後、ふっと口元を緩めた。
「……仕方がない。陛下の勅命と、総責任者殿のたっての願いとあらば、この老骨に鞭打つとしよう」
その声には、もはや皮肉ではなく、新しい役目への静かな闘志がこもっていた。
そして、アンナとサラには、両チームの連絡役と、生命線である『後宮生活改善組合』の運営を任せることにした。
私たちの、二つの壮大な計画が、同時に動き始めた。
私とフィンは、その日から大図書館に籠もりきりになった。
謎の紋章――星々、天秤、そして開かれた本。それに関する記述を求めて、私たちは何百冊という古文書のページをめくった。
「この星の配置……建国記念日の夜空ではないか?」
「ええ、フィン様。そして、この天秤は初代皇帝が制定した法典の象徴。つまり、これは……」
「法の下の正義と、天の理か……」
私たちの知的な推理が交錯し、少しずつ、しかし確実に謎の核心へと迫っていく。扉を開ける鍵は、物理的なものではなく、何らかの知識、あるいは言葉なのではないか。私たちの仮説は、徐々に確信へと変わっていった。
一方、地下では、女官長の指揮のもと、大規模な修復作業が始まっていた。
彼女のリーダーシップは、見事というほかなかった。
「そこの者、だらしないぞ! 瓦礫の撤去は、奥の通路からだ!」
「その壁の裏には、予備の排水路があるはずだ、確認しろ! 図面だけを信じるな、己の目で見ろ!」
規律に厳しいだけではなかった。長年の経験に裏打ちされた的確な指示は、職人たちの作業効率を飛躍的に高め、彼らからの信頼を勝ち得ていった。地下は、埃と瓦礫の山から、日を追うごとに活気あふれる作業現場へと生まれ変わっていった。
しかし、私たちの活動が順調に進めば進むほど、それを快く思わない者たちの悪意もまた、静かに、そして深く進行していた。
上位妃たちの宮では、陰湿な企みが練られていた。
「リディア妃は、陛下の勅命を隠れ蓑に、後宮の地下で怪しげな儀式を行っているそうだわ」
「ええ、北の辺境から、呪われた『氷の一族』なる者たちを招き入れたんですって」
「夜な夜な、地下から不気味な声が聞こえるとか……」
根も葉もない、しかし人々の不安を巧みに煽る悪意に満ちた噂。それは、後宮の侍女たちの間に、じわりじわりと広まり始めていた。
そんな不穏な空気を、図書館に籠もりきりの私はまだ知らない。
その日、私とフィンは、一冊の古びた年代記の中に、ついに決定的な一文を発見した。
「……見つけたわ」
――星々が天秤を支えし建国の夜、賢者の言葉が、帝国の礎への道を拓かん。
謎を解くための、最後の鍵。私がその言葉に震えている、まさにその時だった。
大図書館の重い扉が勢いよく開かれ、アンナが蒼白な顔で駆け込んできた。
「妃様っ、大変です……!」
彼女の声は、切迫していた。
「後宮内に、私たちのことを……『地下で悪魔を呼び出す、魔女の一団』だという、妙な噂が広まっています……!」
謎を解くための光明と、地上で渦巻き始めた、新たな危機。
二つの大きなうねりが、今、私に同時に襲いかかろうとしていた。




