第二十二話:地下水路の探検
数日後、私たちの「後宮環境改善計画・特別作業班」は、最初の実地調査へと乗り出した。
ランタン、ロープ、槌、そして進んだ道筋を記録するためのチョーク。準備を整えた私たちは、氷室へと続く地下水路の入り口に集結した。
「いいか、皆。地下は何が起こるかわからん。リディア様の指示に絶対に従い、決して単独行動はするな」
今回の探検に護衛兼力仕事担当として参加してくれた衛兵用の厨房長が、屈強な部下たちに檄を飛ばす。地上では、女官長が全体の指揮と後方支援のために待機してくれている。
「では、参りましょうか」
私の言葉を合図に、私たちはランタンの灯りを頼りに、ひんやりとした暗闇の中へと足を踏み入れた。
地下水路は、迷宮のように入り組んでいた。
壁を絶え間なく流れる水の音と、私たちの足音だけが、不気味なほどに反響する。カビと湿った土の匂いが鼻をつき、時折、私たちの足元を何かが素早く横切っていった。
「ひっ……!」
アンナが小さく悲鳴を上げるが、私たちはそれぞれの役割を果たすことで、恐怖を克服していった。
フィンは、古い石の構造に関する知識を元に、崩落の危険がある場所を避け、安全なルートを選び出す。厨房長の部下たちは、瓦礫で塞がれた通路を、そのたくましい腕でいとも簡単に切り拓いていく。私とアンナ、サラは、設計図と実際の地形を照合し、変化した箇所を几帳面に記録していった。
「待って」
調査開始から数時間が経った頃、私が足を止めた。
「どうかなさいましたか、妃様?」
「この壁……少しだけ、空気の流れを感じるわ」
私が指さした壁は、一見すると他の場所と何ら変わりない。しかし、ランタンの炎が、ごくわずかにその方向へ揺らいでいた。
フィンが壁を注意深く調べると、苔に覆われた一枚の石が、周囲とは微妙に違うことに気づいた。
「……隠し通路か」
厨房長の部下たちが数人がかりでその石を押すと、ゴゴゴ……という重い音を立てて、壁の一部が回転し、設計図にはない真っ暗な横穴が現れた。
「秘密の通路……」
アンナがごくりと喉を鳴らす。
好奇心は、恐怖に勝った。私たちは、本来の目的を一時忘れ、その未知の通路の奥へと進んでいった。
横穴の突き当たりは、広間になっていた。そして、その中央に、一つの巨大な石の扉が鎮座していた。
扉には、精緻な彫刻が施されている。それは、グレイシア家や帝国皇家の紋章とは違う、見たことのない意匠だった。星々と天秤、そして一冊の開かれた本を組み合わせた、不思議な紋章。
その紋章を見た瞬間、私の脳裏に、大図書館で読んだある古文書の一節が雷のように閃いた。
――帝国の初代皇帝は、来るべき厄災に備え、帝国の叡智を収めた『賢者の書庫』を、後宮の地下深くに設けたという……
まさか、これが……?
扉には鍵穴がなく、押しても引いてもびくともしない。
フィンが扉の表面を慎重に調べ、険しい顔で言った。
「この扉、石の裏側に複雑な仕掛けが施されているようだ。下手に力を加えれば、この通路全体が崩落するやもしれん」
氷室復活という当初の目的。そして、目の前に現れた、帝国の建国神話に関わるかもしれない、巨大な謎。
二つの大きな課題を前に、仲間たちはどうすべきかと私の顔を見つめる。
「どうなさいますか、リディア様」
フィンの問いに、私は静かに答えた。
私の瞳には、もはや恐怖はなく、ただ純粋な探究心と、困難な謎への挑戦意欲だけが燃えていた。
「決まっているわ」
私は謎の扉にそっと手を触れ、宣言した。
「両方、成し遂げるのよ」




