第二十一話:帝都への帰還と新しい仲間
北の辺境から帝都への帰路、馬車の中はさながら移動作戦室となっていた。
私とフィン・グレイシアは、あの氷室の設計図を広げ、その複雑な構造と復活のための具体的な手順について、熱心に議論を交わしていた。
「この部分の歯車は、水路の水量に応じて水門の開閉を自動調整する仕組みのようだ。驚くべき技術だな」
「ええ。問題は、この材質。古文書によれば、錆びることのない特殊な合金らしいのだけれど……」
私たちの専門的な会話を、アンナは目を丸くして聞き入っている。数日前まで帝都への不信感を露わにしていた氷の貴公子が、今や私の最も信頼できる技術顧問となっている。この短い旅が、いかに濃密なものであったかを物語っていた。
数日後、私たちが後宮に帰還すると、門の前には意外な人物が二人、並んで待っていた。
サラと、そして女官長だ。
「妃様! おかえりなさいませ!」
「ご無事で何よりです」
サラが駆け寄ってくるのは予想通りだったが、女官長自らが出迎えるとは。私が驚いていると、サラがこっそり耳打ちしてくれた。
「妃様がご不在の間、女官長様には在庫管理のことで色々とご指導いただきまして……。とても厳しいのですが、すごく勉強になるんです!」
「ふん。陛下の勅命だ。計画に遅滞があっては、私の沽券に関わるからな。当然のことをしたまでだ」
そっぽを向きながら言う女官長の耳が、少しだけ赤い。どうやら私がいない間に、この二人、奇妙な師弟関係のようなものを築いていたらしい。後宮は、私が思っている以上に、良い方向へ変わり始めているようだった。
その足で、私はフィンを伴って皇帝陛下に謁見した。
フィンは、グレイシア家の当主として、皇帝の前に静かに膝をついた。先々代の皇帝によって宮廷を追われた一族が、再び帝国の支配者の前に立つ。それは、長い冬の時代の終わりを告げる、象徴的な光景だった。
「面を上げよ、フィン・グレイシア。そなたたち一族の技術は、帝国が取り戻すべき偉大な宝だ。私が名誉にかけて、その地位と名誉の回復を約束しよう」
「ははっ。そのお言葉、身に余る光栄にございます」
皇帝の言葉に、フィンの声がわずかに震えた。
私はそこで、旅の最大の成果を報告した。
「陛下。調査の結果、あの氷室は単なる貯蔵庫ではないことが判明いたしました。地下水路を利用し、後宮全体に冷気を送る『自然の冷房システム』。それが、この施設の真の姿です」
私の報告に、聡明な皇帝ですら、驚きを隠せないようだった。彼は計画への期待をさらに高め、私たちに全権を委ねることを改めて約束してくれた。
そして、私の執務室に、計画の主要メンバーが初めて一堂に会した。
総責任者の私。
氷室技術顧問、フィン・グレイシア。
後宮内務・貯蔵庫管理顧問、女官長。
組合代表兼現場監督として、アンナとサラ。
外部協力者として、衛兵用厨房長。
およそ交わるはずのなかった者たちが、一つの目的のために集結した、「後宮環境改善計画・特別作業班」が正式に発足した瞬間だった。
「さて、皆さん。いよいよ、あの眠れる巨人を起こす時が来ました」
私が広げた設計図を、全員が真剣な眼差しで覗き込む。
「最初の作業は、この計画の生命線となる、氷室へ続く地下水路の調査と清掃です。まずは、現状を把握しなくては」
すると、フィンが設計図の一点を指さした。
「この水路は、後宮の地下を網の目のように走っているはずだ。中には、公式な図面には記されていない、誰も知らない秘密の通路もあるやもしれん」
彼の意味深な言葉に、アンナとサラがごくりと喉を鳴らす。
後宮の地下に眠る、未知の領域。それは、私たちの挑戦心を掻き立てるのに十分だった。
「面白くなってきたわね」
私は立ち上がると、仲間たちの顔を見渡し、号令をかけた。
「さあ、準備はいいかしら? これから、後宮の地下探検を始めましょう!」




