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後宮の寵愛ランキング最下位ですが、何か問題でも?  作者: 希羽


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第一話:後宮入りと寵愛ランク

 黄金に輝く太陽の光を反射し、白亜の壁がまばゆい光を放つ。大陸で最も壮麗と謳われる帝国の後宮――その正門をくぐった瞬間、周囲の令嬢たちから期待と興奮に満ちた吐息が漏れた。


「まあ、なんて素晴らしいのかしら……」

「ここで、わたくしたちの新しい生活が始まるのね」


 これから皇帝陛下の寵愛を競い合うライバルであるはずの彼女たちは、目の前の絢爛豪華な光景に、一時だけ敵意を忘れて心を奪われているようだった。


 そんな中、私、リディア・バーデンは、まったく別の感慨にふけっていた。


(ここが、私の目的地への中継地点……長かったわ)


 バーデン伯爵家は、帝国の片田舎で農業と牧畜を営む、実直だけが取り柄の家だ。そんな我が家に「後宮へ妃を一人出すように」とのお達しが来た時、父も母も頭を抱えた。だが、私だけは胸を躍らせたのだ。


 なぜなら、この帝国の後宮には、一般には公開されていない世界最大級の大図書館が付設されているから。古代の農業技術、失われた醸造法、各国の経済発展の歴史……私の知的好奇心を刺激してやまない知識の宝庫が、目と鼻の先にある。


「これより皆様には、後宮での生活についてご説明いたします」


 案内された広間で、私たち新人妃の前に立った教育係の侍女が、冷ややかな声で言った。


「この後宮における全ての待遇は、『寵愛ランク』によって決定されます。ランクはSからFまでの6段階。皇帝陛下のお渡りの頻度、賜物の内容などを総合的に判断し、毎月更新されます」


 侍女の説明に、広間がざわめく。


「ランクに応じて、皆様のお住まい、食事、衣類、そして仕える侍女の数までが変わります。Sランクの妃には最上級の宮と十数名の侍女が与えられますが、Fランクの妃に与えられるのは、離れの簡素な一室と、侍女一名のみ。心してお励みください」


 その言葉は、静かな宣戦布告だった。令嬢たちの瞳に、再び闘志の火が宿る。なんとしてでも上位ランクに食い込み、皇帝陛下の寵愛を勝ち取らなければ。彼女たちの決意が、ひしひしと伝わってくる。


 説明が終わり、それぞれに仮の部屋が割り当てられた。私が案内されたのは、案の定、陽当たりの悪い北向きの離れの一室だった。持参した質素なドレスと、何より私に興味のなさそうな父の態度が、最初から最低ランクの評価を下された原因だろう。


「妃様……」


 私に付けられたたった一人の侍女、アンナが、悲壮な顔で私を見つめる。


「お気を落とされないでくださいませ。これからいくらでも挽回の機会はございますから……!」

「あら、気を落としてなんかないわよ?」

「え?」


 きょとんとするアンナを横目に、私は持参した一番大きな荷物――革のトランクを開けた。中身はきらびやかなドレスでも、高価な宝飾品でもない。ぎっしりと詰め込まれた、分厚い革張りの本だ。


 私はその中の一冊を愛おしげに取り出し、アンナに微笑んだ。


「私の目的は、皇帝陛下ではございませんもの」


 その夜、新人妃を歓迎するためのささやかな夕食会が開かれた。


 ささやかとは名ばかりの、贅沢な食事が並ぶテーブルで、令嬢たちは目を奪うようなドレスを身にまとい、皇帝陛下の気を引こうと煌びやかな会話の花を咲かせている。


「陛下は、異国の詩がお好きなんですって」

「まあ。わたくし、ちょうど嗜んでおりますのよ」


 そんな中、私はといえば、持参した地味な木綿のワンピース姿で、ひたすら黙々と食事を口に運んでいた。今日の献立の栄養バランスや、使われている香辛料の原産地について考察する方が、よほど有意義だ。


「あの方、バーデン伯爵家の……」

「ええ。田舎から出てきたばかりで、何もご存じないのよ、きっと」


 遠くから聞こえてくるひそひそ話は、子守唄のようなものだ。満腹になった私は、誰にも気づかれることなくそっと席を立ち、自分の部屋へと戻った。


 翌朝、後宮の中庭にある掲示板に、最初の「暫定ランク」が張り出された。


 妃たちが我先にと掲示板に駆け寄る中、私は朝の散歩がてら、ゆっくりとそこへ向かった。


 掲示板の一番下。最も小さい文字で書かれたFランクの欄に、私の名前はあった。


「リディア・バーデン」

「ああ、妃様……」


 隣でアンナが天を仰ぐ。しかし、私はその文字を見て、思わず笑みを浮かべてしまった。


 これ以上ないほど完璧な、理想通りのスタートだ。


(最下位。つまり、誰も私に注目しないし、面倒な夜伽に呼ばれる心配もない)


 これで心置きなく、私の本当の目的を果たすことができる。


「アンナ」

「は、はい……」

「これから少し、出かけてくるわね」

「どちらへ……?」


 私は、後宮の地図が描かれた案内板の一点を指さした。


「決まっているでしょう?」


 ――まずは、大図書館の場所を確認しなくちゃ。


 こうして、皇帝の寵愛など少しも望まない、私の風変わりな後宮生活は幕を開けたのだった。

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