第三話 『古の遺跡と謎の剣』
フェーレン村から半日ほど歩いた場所に、隣町ベルトンはあった。石造りの建物が立ち並び、城壁に囲まれた小さな城塞都市だ。
「ここがベルトン? フェーレンとは全然違うな」
カズキが感嘆の声を上げると、マリアが笑った。
「当然よ。ここは交易路の要所だから。小さいけど立派な城壁もある」
「マリアは、ここの出身なの?」
「いいえ、私は王都マルヴァの出身よ。ここよりもっと大きい街なの」
四人はベルトンの門をくぐり、街の中へ足を踏み入れた。人通りが多く、様々な店が軒を連ねている。村では見られなかった活気に、カズキは目を奪われた。
マリアの先導で冒険者ギルドを訪れると、リンが小声で説明してくれた。
「冒険者はみんな、ギルドに登録して依頼を受けるの。実績を積めば階級も上がるわ。
鉄、銅、銀、金、白金、そして伝説級ね。
私たちは銀級よ」
「すごいんだね」
「まあね。マリアが強いからここまで来れたのよ。マリアは本当に剣の腕がすごいの。王都の近衛騎士を目指していたくらいだから」
マリアはカウンターで受付嬢と話し終えると、依頼の詳細を持って戻ってきた。
「ベルトン郊外の古代遺跡『アゼリア遺跡』の探索と、『賢者の宝物庫』の調査よ。報酬は金貨1枚と、発見した宝物の半分」
「依頼主は誰なの?」
ウィルが珍しく口を開いた。
「王立魔法研究所の学者らしいわ。名前はルノ・サークフィールド」
「サークフィールド……」
ウィルは何か考え込むような表情になったが、特に何も言わなかった。
「今日は宿で休んで、明日の朝出発するわ」
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宿屋「眠れる竜亭」の食堂で、四人は夕食を取りながら、明日の作戦を話し合っていた。
「アゼリア遺跡は300年以上前に封印された場所だって。中には魔物も罠もあるはずよ」
マリアが説明すると、リンが不安そうな表情を浮かべた。
「前に行った冒険者の中には、戻ってこなかった人もいるんでしょう?」
「大丈夫かな…」カズキが心配そうに呟くと、マリアは自信満々に胸を張った。
「私たちは銀級冒険者よ。今回はカズキもいるしね。」
「僕のスキルなんて、役に立つかな…」
「自信を持ちなさい」マリアはカズキの肩を軽くたたいた。「あなたのスキルは、使い方次第でどんな場面でも活きるはずよ」
カズキはマリアの言葉に少し勇気づけられた。
翌朝、四人は早朝に出発した。ベルトンから北に1時間ほど。森の中に突如として現れた石造りの建物がアゼリア遺跡だった。
「これが遺跡か……」
緑の苔に覆われた石の門には、古代文字が刻まれていた。
「『知恵を求める者は入れ、愚かさを恐れぬ者は滅びよ』といったところかしら」
リンが訳してくれた。獣人族は言語の習得が得意らしい。
マリアが重い石の扉を押し開けると、中は驚くほど明るかった。天井近くの魔法の照明石が淡い青白い光を放っている。
一行は北の通路を進んだ。壁には物語が描かれていた。カズキは足を止めて見入った。
「これは……戦争の様子?」
絵には甲冑をまとった兵士たちと、黒い影のような存在が戦っている。中央には、金色の光を放つ剣を掲げる一人の人物——勇者らしき存在が黒い影と対峙していた。
「500年前の大戦かもしれないわ。魔王と勇者の戦いね」
カズキはその絵をじっと見つめていると、急に頭が痛くなった。一瞬、自分がその勇者の位置にいるような錯覚を覚えた。
「カズキ、大丈夫?」
「あ、うん、ちょっとめまいがした。大丈夫」
通路を進むと、小さな緑色のスライムが現れたが、マリアの剣とウィルの魔法であっという間に倒された。リンはそれを薬の材料にすると言って一部を採取した。
さらに進むと、突如として床のタイルが光り出した。
「みんな、止まって!」
マリアの警告で全員が足を止めた。床のタイルには様々な記号が浮かび上がっている。
「罠ね。間違ったタイルを踏むと、落とし穴かもしれないわ」
ウィルが杖を床に向け、何か呪文を唱えた。しかし解除できなかった。
「どうしよう……」
一同が困っていると、カズキの鑑定眼が反応した。タイルから淡い光が見え、その上に文字が浮かんだ。
【安全なタイル:星型の記号】
【危険なタイル:その他すべて】
「あ、わかった。星型の記号が描かれたタイルだけが安全みたいだ」
「本当?」
「【鑑定眼】で見えるよ」
カズキの助言に従い、一行は星型のタイルだけを踏んで進んだ。無事に罠を通過できた。
「すごいじゃない、カズキ!」
リンが喜ぶ声をあげた。マリアもウィルも、少し見直したような目でカズキを見ていた。
「こんな罠も見破れるなんて、鑑定眼は便利ね」
カズキは誇らしい気持ちになった。最弱と思われていたスキルが役立ったのだ。
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さらに奥へ進み、カズキたちは「賢者の宝物庫」と書かれた大きな扉にたどり着いた。扉には中央に手のひら大の凹みがあるだけだった。
カズキの鑑定眼が再び反応した。
【開錠条件:特定の魔石を嵌める】
【適合する魔石:青色のクリスタル】
「青い魔石が必要みたいだ」
マリアはポーチから依頼主から預かった青い石を取り出した。それを凹みに嵌めると、扉が自動的に開いていった。
中は広々とした円形の部屋で、様々な品物が置かれていた。中央の台座には一本の剣があった。
カズキは【鑑定眼】を使って品物を確認していった。
【錬金術の器具:価値2金貨】
【魔力結晶:価値5銀貨〜1金貨】
「ウィル、この本は魔法書よ。価値がありそう」
ウィルは珍しく表情を変えた。「これは《風霊召喚術》の原典だ。非常に貴重」
カズキは中央の台座に置かれた剣に気づいた。何か惹きつけられるものがある。
近づいて【鑑定眼】を使おうとしたが、視界がちらつき、激しい頭痛が襲ってきた。それでも剣から目を離せず、思わず手を伸ばした。
剣に触れた瞬間、金色の光が走り、カズキの右手の小指にある傷が熱を持った。視界が揺れ、記憶の断片が脳裏を駆け巡る。
——黒い影と対峙する自分。
——掲げた剣から放たれる金色の光。
——多くの人々の歓声と、血塗られた玉座。
意識が戻ると、カズキは床に膝をついていた。
「大丈夫? 何があったの?」
リンが心配そうに声をかけた。
「わからない……剣に触れたら、何か映像が……」
カズキは混乱していた。あの映像は何だったのか。まるで自分の記憶のようでいて、見たこともない光景だった。
痛みを堪えて再び【鑑定眼】を使うと、僅かに情報が見えた。
【名称:風切り】
【属性:風】
【特性:不明(情報不足)】
「『風切り』って名前みたいだ。風の属性を持つ剣」
マリアは剣を手に取り、試しに振ってみた。サッという風の音と共に、薄い風の刃が放たれた。
「おお、これは使える武器じゃない!」
一行はそれぞれ価値のありそうなアイテムを選び、バッグに詰めていった。カズキは魔法の書物や宝石など、売れそうなものを中心に選んだ。
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その夜、ベルトンの宿屋に戻った四人は、探索の成功を祝って宴会を開いていた。
「カズキのおかげね」リンが笑顔で言った。「罠を見破ってくれたから、怪我もなく済んだわ」
「そんなことないよ。みんなのおかげだよ」
「謙遜しなくていいのよ」マリアは風切りを撫でた。「この剣も素晴らしいわ」
「カズキ」ウィルが静かに声をかけた。「剣に触れたとき、何を見た?」
カズキは少し躊躇った後、正直に答えた。
「よくわからないんだ。黒い影と戦っている自分を見た気がした。それから王座らしき場所にいて…」
「王座?」ウィルの目が鋭くなった。
「うん。でも、あれは幻覚かなにかだよ。俺が戦うなんてありえないし」
「古代の魔法アイテムは時々奇妙な効果を持つことがあるわ。気にしすぎないで」マリアがフォローした。
リンは突然尋ねた。「カズキ、元いた世界ってどんなところなの?」
「日本のこと?うーん、魔法も魔物もないけど、すごく発達した文明があるよ。空を飛ぶ乗り物もあるし、遠く離れた人と話せる道具もある」
「すごい!」リンの目が輝いた。
「あなたは向こうへ戻りたいの?」マリアが真剣な表情で尋ねた。
カズキは少し考えてから答えた。「最初はすぐにでも帰りたかった。でも今は…ここでの生活も悪くないと思えてきたよ」
「それならいいけど」マリアは安心したように微笑んだ。「私たちはあなたが仲間でいてくれて嬉しいわ」
「そうよ!」リンが元気よく頷いた。「これからもいっぱい冒険しましょう!」
宴が終わり、カズキとウィルは二人残されて、暖炉の前でお茶を飲んでいた。
「カズキ、右手の小指の傷はどうやってできた?」
「これ?」彼は小指の傷を見つめた。「実は覚えてないんだ。昔からあった気がする」
「そうか」
なぜそんなことを聞くのか不思議だったが、カズキはそれ以上詮索しなかった。
翌日、一行はギルドへ戻り、依頼主のルノ・サークフィールドに報告した。青い学者服を着た痩せた老人だ。
「おお、無事に戻られましたか!調査はいかがでしたか?」
マリアが簡潔に報告し、持ち帰った宝物の半分をルノに渡した。特に魔法書類は目を輝かせて受け取っていた。
「これはこれは、素晴らしい成果です!約束通り、報酬の金貨1枚をお支払いします」
マリアが風切りを見せると、老人は驚いた顔をした。
「これは『風切り』!伝説の七刀の一つとされる剣です。古代の勇者が用いたとされる七つの魔剣の一つですよ」
カズキはその言葉に耳を傾けながら、なぜか懐かしさと不安が入り混じった感情を抱いていた。勇者の剣……自分があの映像を見たのは偶然なのか、それとも何か意味があるのか。
カズキの取り分は持ち帰った宝物数品と、10銀貨。初めての冒険としては大成功だった。
マリアは彼を見つめ、微笑んだ。「また一緒に冒険しない?あなたの鑑定眼は本当に便利だわ」
「うん、喜んで」
その夜、カズキは再び夢を見た。
——黄金の玉座に座る自分。
——膝をつく人々。
——そして耳元で囁く声。
「勇者殿、今度こそ正しき道を選びますように」
翌朝、カズキはその夢の内容を半分以上忘れていた。ただ、何か重要なことを思い出そうとしている自分がいることだけは確かだった。
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