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第二話 『商人見習いの一日』

朝日が小屋の窓から差し込み、カズキの目を覚ました。異世界に来て二週間が経つ。


「また変な夢を見たな……」


夢の中で自分は巨大な城の玉座に座り、多くの人々に囲まれていた。

しかしその記憶は目を開けると同時に霧散し、詳細は思い出せない。


体を起こし、窓から村の様子を眺める。フェーレン村は朝から活気に満ちていた。

農民たちは畑へ、猟師たちは森へ、それぞれの仕事に向かっていく。


「よし、俺も頑張るか」


カズキはベッドから飛び起き、支給された商人見習いの服に着替えた。

茶色い亜麻布のシャツに革のベスト、丈夫な木綿のズボン。見た目は質素だが実用的な服装だ。

グリッジ商店に到着すると、店主はすでに店の準備を始めていた。


「おはよう、カズキ!」

「おはようございます、グリッジさん」

「今日はな、特別なお客が来るんじゃ。王都マルヴァから来る商人団だ」

「商人団ですか?」

「ああ。年に二回、辺境の村々を回って物資の売買をする集団じゃ。

 上質な物が手に入る絶好の機会なんじゃ」


カズキの目が輝いた。都会から来る商人なら、珍しいものを持っているかもしれない。


「何か仕入れる予定はありますか?」

「そうじゃな。薬草、布地、調味料……」


グリッジが品目を挙げる中、カズキの頭に閃きが走った。

「鉱石も見てみませんか? 先日の蒼玉石のように、価値の高いものが見つかるかもしれません」


グリッジは顎をさすった。

「面白い提案じゃ。確かに商人団は鉱山地帯も巡回しておる。よし、今日はお前にも仕入れの裁量を与えよう」

「本当ですか!?」

「ああ。銀貨5枚の予算じゃ。自分の目で見て、良いと思うものを選びなさい」


カズキは嬉しさに胸が高鳴った。これが初めての本格的な商売になる。


正午過ぎ、フェーレン村の広場に商人団の馬車が到着した。十台ほどの荷車に様々な商品が積まれ、警護の兵士たちが周囲を固めている。


村人たちが集まり始め、広場はすぐに活気づいた。カズキも緊張しながら人混みの中に加わった。

各馬車は専門分野ごとに商品を並べている。衣料品、家具、食材、調味料、金物……多種多様な商品が並ぶ光景は、異世界のマーケットそのものだった。


カズキは鉱石や宝石を扱う馬車を探し、ようやく広場の端に見つけた。

そこには中年の男性商人が、様々な鉱石を丁寧に並べていた。


「いらっしゃい、若い商人見習いさん。何かお探しかな?」

「はい、珍しい鉱石を探しています」


男は笑みを浮かべた。

「目が肥えているようだね。こちらを見てごらん」


並べられた鉱石の中には、カズキが見たことのない色や形のものも多かった。

【鑑定眼】を使って一つ一つ確認していく。


【赤鉄鉱:価値8銅貨】

【銀砂:価値12銅貨】

【緑岩:価値5銅貨】


どれも普通の鉱石ばかりだ。少し失望しかけたが、奥の方に小さなケースがあることに気づいた。

「あれは何ですか?」

「ああ、それは我々が山岳地帯で見つけた特殊な石だよ。まだ正体がわからなくてね」


男が箱を開けると、中には拳大の黒い石が入っていた。

一見すると何の変哲もない石ころだが、カズキの【鑑定眼】が反応する。


【黒鋼石:価値3銀貨】

【特性:高い硬度、魔力伝導性良好】

【備考:高級武具の素材として使用可能】


「これは……黒鋼石。高級武具の素材になるそうです」


男は驚いた表情を浮かべた。


「おや? 君、鑑定眼の持ち主か?」

「はい、そうです」

「なるほど、それで見習いなのに目が肥えているわけだ。確かに黒鋼石は価値がある。

 だが、加工が難しく、この辺境の鍛冶屋では扱えんだろう」

「いくらですか?」

「通常なら5銀貨だが、君のような目利きには特別に3銀貨でどうだ?」


鑑定結果と同じ価格を提示されたことに、カズキは少し驚いた。

この商人は正直者なのか、それとも交渉の余地を残しているのか。


「2銀貨ではどうでしょう?」

「鋭いな! 2銀5銅貨なら譲ろう」

「2銀2銅貨」

「ははは! 若いのに商才あるな。よし、2銀3銅貨、これが最終だ」


カズキは笑顔で頷き、取引が成立した。初めての値切り交渉に成功したことで、自信がついた。

他にも何か良いものがないかと探していると、別の小箱が目に入った。

中には透明な水晶のような石が数個入っている。


【精霊石:価値1銀貨】

【特性:弱い魔力を帯びている、魔法の練習用に最適】

「こちらの精霊石も2個ください」


さらに交渉の末、1銀7銅貨で精霊石を二つ購入した。残りの予算で、いくつかの小さな鉱石サンプルを買い、カズキの最初の仕入れは終了した。


「見せてみろ、どんなものを選んだか」

商店に戻ると、グリッジが興味津々で待ち構えていた。カズキが黒鋼石を取り出すと、

店主の目が見開いた。


「黒鋼石!? これは珍しいぞ。どうやって見つけた?」

「実は……」


カズキが鑑定眼を使って石の特性を見抜いたことを説明すると、グリッジは大笑いした。


「やるな! 初めての仕入れでこんな掘り出し物を見つけるとは。

 この黒鋼石、王都の鍛冶屋なら喜んで買い取るじゃろう。お前が買った金額の倍以上にはなるぞ」

「それは良かった」

「そしてこれは精霊石か。これも良い選択じゃ。魔法使いの見習いたちが練習用に買っていくからな」


カズキは胸をなでおろした。何も知識がない状態で鑑定眼だけを頼りに選んだが、どうやら良い買い物ができたようだ。


「グリッジさん、これからも時々仕入れを任せてもらえませんか?」

「ああ、もちろんじゃ。お前の目は確かだ。次からは予算も増やそう」


その日の午後、カズキはグリッジと共に店を切り盛りした。商人団の来訪で村全体が活気づき、商店にも多くの客が訪れた。


夜、仕事を終えて疲れ切ったカズキが小屋に戻ると、扉の前に人影があった。

「お疲れ、鑑定士」


マリアだった。彼女は壁にもたれかかり、カズキを待っていたようだ。


「マリアさん、どうしたんですか?」

「話があってな。中に入っていいか?」

「ええ、どうぞ」


小さな小屋の中、カズキはランプを灯し、簡易的な椅子を二つ出した。マリアは腰を下ろすと、真剣な表情でカズキを見つめた。


「明日、俺は隣町のダンジョンに向かう。そこで依頼を受けてな」

「ダンジョン?」

「ああ、古代の遺跡だ。宝物や魔物が潜んでいる」


カズキは頷いた。ファンタジー世界の定番だ。

「で、その話というのは?」


マリアは少し言いよどんだ。

「お前を誘いたくてな」

「え? 俺をですか? でも戦えないですよ?」

「戦闘は必要ない。鑑定眼が欲しいんだ」


そう言って、マリアはポーチから古ぼけた羊皮紙を取り出した。地図のようだ。

「この地図によると、ダンジョンの奥に『古の宝物庫』があるという。だが、罠もあるし、価値のない模造品も混ざっているかもしれない。そこでお前の目が必要なんだ」


カズキは驚いた。まさか冒険者に誘われるとは。

「報酬は?」

「見つけた宝物の2割だ。悪くない条件だろう?」


確かに悪くない。だが危険も伴う。

「考えさせてください」

「ああ。明日の朝までに返事をくれ」


マリアが帰った後、カズキは考え込んだ。冒険は危険だが、成功すれば大きな報酬が得られる。

そして何より、ダンジョンという異世界の醍醐味を体験できる。


「よし、行こう」


決意を固めると同時に、右手の小指がピクリと痛んだ。例の傷跡だ。どこか懐かしさを感じる痛み。まるで過去の記憶が呼び覚まされるかのように。


「変な感覚だな……」


カズキは窓から夜空を見上げた。見知らぬ星々が煌めいている。異世界に来て初めての冒険。明日はどんな展開が待っているのだろう。


翌朝、カズキはグリッジに事情を話し、二日間の休暇をもらった。


「ダンジョン探索か。危険じゃが、マリアなら信頼できる。彼女は腕の立つ冒険者じゃ」

「はい、気をつけてきます」

「これを持って行け」


グリッジは小さな布袋をカズキに渡した。中には治癒薬が入っていた。

「万が一のためじゃ。無事に帰ってくるんだぞ」


グリッジの心配そうな顔に、カズキは笑顔で応えた。

村の入口では、マリアが待っていた。彼女の隣には見知らぬ二人の人物が立っていた。


「おはよう。こいつらが今回の仲間だ」


マリアが二人を紹介する。一人は透き通るような白い肌と青い髪を持つ青年で、長い杖を手にしていた。

「ウィルだ。魔法使い」


ウィルは無表情でカズキを見つめ、小さく頷いただけだった。もう一人は猫のような耳を持つ少女で、腰に薬草の袋を下げている。


「リンちゃんだ。獣人族の治療師」

「よろしくね、カズキ君!」


リンは明るい笑顔で手を振った。

「私たちの役割分担はこうだ」


マリアがさっと指を立てて説明する。

「私が前衛、ウィルが後方から魔法支援、リンちゃんが回復と状態異常対策、

 そしてカズキが鑑定と財宝の判断だ」


カズキは緊張しながら頷いた。異世界ファンタジーでよくある冒険者パーティの一員になったのだ。

「よし、出発するぞ!」


マリアの号令で、四人の冒険が始まった。村を出て森の小道を進んでいくと、カズキの右手の小指が再び痛みを覚えた。そして不思議な既視感が湧き上がってくる。


(なんだろう、この感覚……まるで以前にも同じ場所を歩いたことがあるような)

振り返ると、フェーレン村が遠くに小さく見えた。商人見習いから冒険者へ。

カズキの異世界生活は、新たな段階へと進もうとしていた。


そして彼はまだ知らない。この旅が自らの過去と繋がっていることを——。

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