プロローグ 『召喚、そして選択』
「死んでいる……俺、死んでるのか?」
白い光に包まれた空間で、俺——水野カズキはそう呟いた。大学の図書館で古書を読んでいた記憶が最後だ。そこから意識が飛んで、気づけばこの得体の知れない場所にいた。
「いいえ、死んでいませんよ。あなたは別の世界へ召喚されたのです」
突然聞こえてきた少女の声に、俺は跳ね上がった。声の方向を見ると、白い光が集まって人型を形作り、それが少しずつ少女の姿になっていく。銀髪に紫紺の瞳、年齢は十代半ばといったところか。透き通るような白い肌に、装飾の少ない純白のドレス。まるでファンタジー小説に出てくる精霊のようだった。
「おめでとうございます、水野カズキさん。あなたは異世界ガイアへの転移者として選ばれました」
少女は柔らかな微笑みを浮かべ、俺に一礼した。
「ちょっと待って、何が起きてるんだ? 異世界転移って……」
現実感が全くない。もしかしてこれは夢? でも痛みはちゃんと感じるし、足元の感触も確かだ。夢にしては鮮明すぎる。
「質問は後ほど。まずは、あなたが新世界で生き抜くためのスキルを選んでいただかなければなりません」
少女が手をかざすと、目の前に光の粒子が集まり、無数のスキルリストが浮かび上がった。
【剣術】【槍術】【弓術】【格闘】
【魔法(火)】【魔法(水)】【魔法(風)】【魔法(土)】
【回復魔法】【強化魔法】【召喚魔法】【錬金術】
目移りするほど様々なスキルが並んでいる。どれも異世界ものの小説やゲームでお馴染みのファンタジースキルだった。
「これらの中から一つ、あなたが最初に習得するスキルを選んでください。後から他のスキルを習得することは可能ですが、今選ぶスキルは特別な適性を持ち、他より早く成長します」
「えっと、じゃあ一番強いのはどれなんだ?」
少女は首を傾げた。
「強さとは何を指すのでしょう? 戦闘能力ですか? 生存能力ですか? それとも……」
「うーん、単純に生き抜くためには何がいいんだろう?」
「あなたの適性判定の結果なら、参考になるかもしれません」
少女が再び手をかざすと、俺の頭上に光の文字が浮かんだ。
【佐藤レイ】
剣術適性:C
魔法適性:D
回復適性:E
召喚適性:D
……
次々と表示される適性値は、ほとんどが平均以下のアルファベット。特筆すべき高いものはなく、むしろ低いものばかり。
「あー……俺、この世界でも凡人なのか」
自嘲気味に笑うと、少女は首を横に振った。
「あ、まだ表示が終わっていません。スクロールダウンしてみてください」
言われるまま、俺は光の表示を下にスクロールさせた。すると最下部に一つだけ、S+評価のスキルがあった。
【鑑定眼】適性:S+
「鑑定眼?」
「物品や素材の真の価値や性質を見抜くスキルです。商人や鑑定士が主に用いるもので……」
少女の説明は続いたが、俺の心は沈んでいた。戦闘スキルでもなく、魔法でもなく、鑑定という地味なスキルが俺の最高適性だったなんて。
「つまり……あまり役に立たないってことか」
「いいえ、そんなことはありません!」
少女は珍しく声を上げた。
「物の真価を見抜くというのは、とても重要なスキルです。特にあなたのような適性の高さなら、将来的には人の本質や魔物の弱点も見抜けるようになるかもしれません」
しかし俺の心は既に決まっていた。異世界なら強くなりたい。物語の主人公のように強大な力を持ちたい。
「やっぱり【剣術】か【魔法】にしようかな」
それを聞いた少女の表情が微妙に曇った。
ほんの一瞬だけ。
「もちろん、選択はあなたの自由です。ただ……」
少女はためらいながらも続けた。
「強さとは何か、一度考えてみてください。真の価値を見抜く目は、時に剣よりも強力な武器になります」
その言葉に、何故か胸に響くものがあった。なぜだろう? まるで昔、誰かに同じことを言われたような……懐かしさと後悔が入り混じった奇妙な感覚。
視線を落とすと、右手の小指に細い傷跡があることに気づいた。いつできたものだろう? 記憶にない。
「……【鑑定眼】を選ぶ」
その言葉は、自分でも驚くほど自然に口から出た。
少女の顔に驚きの色が浮かび、そして穏やかな微笑みに変わった。
「意外な選択ですね……いえ、もしかしたら運命なのかもしれません」
彼女は俺に近づき、右手を差し出した。
「では契約を結びましょう。あなたに【鑑定眼】のスキルを授けます」
俺が差し出された手を握ると、まばゆい光が溢れ、右目に熱いような、冷たいような感覚が走った。
「おめでとうございます。これであなたは【鑑定眼】のスキル保持者です」
「ありがとう。えっと、君の名前は?」
少女は少し寂しそうな表情を浮かべた。
「私を忘れてしまったのですね……まあ、それも仕方ありません。私はリリア。あなたを新しい世界へ導く案内人です」
なぜか彼女の言葉には深い意味が隠されているような気がした。俺は知っているべき何かを忘れているのだろうか?
「それでは、新たな人生の旅立ちです。幸運を」
空間が光に包まれ、意識が徐々に薄れていく。
「かつての勇者よ、今度こそ本当の幸せを見つけられますように」
意識が完全に闇に落ちる直前、リリアの囁きが聞こえた気がした。でも、彼女は俺のことを「勇者」なんて呼んでいない。きっと聞き間違いだろう。
そして世界が暗転し、次に目覚めた時、俺は見知らぬ森の中にいた——異世界ガイアでの物語の始まりだった。
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