儚い姫君が忍びの男二人に、何かを頼むお話。
時は戦国、とある城に。
やんごとなき姫がいた。
かげろうの姫君、と呼ばれる姫は。
ある時、二人の忍びの男を呼び出した。
なにやら、頼みがあるようで……?
世は戦国。
とある国のとある城に。
やんごとなき、姫君がいた。
淡い桃色や水色の着物を纏い。蜻蛉のように線が細く、儚げな。それでいて、目は、しかと、意志を持ち、頼もしげな。
誰からも慈しまれ、愛されるような、その姫は。
かげろうの姫君、と呼ばれていた。
傍らに、小柄な女。お付きの女は、姫君の一歩後ろに控えては、時折、姫に耳打ちしたりしている。通り名を、ほむら。
今日も、姫君の傍らで、ほむらが尋ねる。
「その方らが、腕のいい忍び、か?」
姫君の前に、忍びの男、二人が呼ばれ、傅く。
「へえっ!」
「そうでございやす!」
忍びにしては、顔の濃い男、二人組。
「いっや〜!綺麗な姫さんだ〜っ!」
「かげろうの姫君、なんていうから、どんなマボロシかと思ったら。線の細い、羽虫の方かあ。もっと良い例えがあるだろうに!」
さらに、忍びにしては、テンションの高い男達。わあっと盛り上がる。
「ふふ。儚げに空を舞う、かげろうのよう、と、いう事らしいですよ?民は皆、わたくしをそう呼んで、愛でてくれるのです」
ぽっと、頬を染める姫君。
わわっと、口元に手を当て、息を呑む忍び二人。
姫君のそばのほむらが、口を開く。
「腕の良いと聞く其方達を見込んで、頼みがある」
ほむらの言葉に続いて、姫君が玉のような声で、二人に告げた。
「……とある、香を。わたくしのもとに、届けてほしいのです」
「香、ですかい?」
「わたくしが必要としている、大切な、ものなのです」
ふふ、と笑う様子も、小さな花が綻んだような、ささやかな可憐さと儚さを秘めており。見るもの全ての顔が、自然と綻んでしまうような。
釣られて、二人の忍びも笑ってしまう。
「ほほ、それはそれは」
「まあまあ…はは」
「見つけだし、わたくしのもとへ、届けてくださらない?礼は弾みます」
「まあ、こんな美人が、礼を弾むというならば」
「断る理由も、ねえだわさあ〜〜」
浮かれ調子の忍び二人に。ほむらがさっと、紙を目の前に置く。
「細かいことは、仔細こちらに。では、頼んだぞ」
「「はは〜っ!!」」
素早く姿を消す忍び二人に。
「……随分と調子のいい者どもですが。良かったのですか」
「いいのです。それで、……いいのです」
「……さようでございますね」
ほほほ、という、軽やかな笑い声が、その場に響いていた。
*
紆余曲折、なんやかんや、えんやこらっとあった中。
忍びの男二人は、頼まれた香を、見つけだし。ちょいと拝借………、つまり、盗み出した。
ほうほうの体で逃げ、かげろうの姫君の元へと、たどり着いた、忍び二人。
城の庭に傅き。やってきたのは、姫君とほむら。
「まあ!素晴らしいわ!」
ぼろぼろの忍び二人が、目の前に置いた、幻の香に。姫君の顔が、ぱあっと華やぐ。
「よくぞ、持ってきてくださいました」
姫君の言葉に、よれよれと忍びの男達が答える。
「まあったく、苦労しましたよ。あの言い方だと、てっきり元はお姫さんのものって言い方だったのに。違うんだもん」
「盗んでくんの、大変だったんすよお?」
「あら、違いませんよ?」
「ぁあ?」
「わたくしの元に来るべきものだったのだから。何も、違いませんのよ?」
「あんた…。何言って、」
呆れるように言った、忍びの男の言葉を遮り。
シャラン。
音と共に、辺りの気配が変わる。
「この香のお陰で。わたくしは、もっと。皆に慕われ、皆を夢中にさせるのです」
「「……えっ?」」
「さあ、わたくしのかげろうを、辺りに放ちましょう?」
ふわり。姫君が腕を柔らかく丸く、空を包むように動かすと。
辺りに霞がかかる。
「……まさか」
「これは、……妖術?!」
ふっ、と斜めに俯いた、姫君の口元は。
今までとは違う、妖しい笑み、を浮かべ。
……あは、あははははははっ!!!
突然の甲高い笑い声と共に、姫君に影が差す。いつの間にか、ほむらが近くに、篝火を用意していた。
炎に照らされ、陰影のはっきりした姫君の顔は、儚さよりも、妖しさが増す。
「…わたくしのかげろうは。炎のそば、ゆらめく気配。ゆらゆら揺れて、……夢を、運ぶ」
「……夢ぇ?!」
明らかに変わった気配に、慄きつつ、怪訝な顔をする忍びの男。
「一体、突然、夢がなんだって、」
「ばっか、てめえ!まともに聞くな、術に嵌まるぞ!」
焦った、もうひとりの忍びの男が遮る。
「言葉だけじゃねえ、あの、篝火だ、さっきの香だけじゃねえ、他にも、薬やらなんやら入ってんだろ、まともにくらったら、酔うだけじゃ済まねえぞ!」
はあっ!と気づき、警戒する忍び二人。
「…暑い日の、遠くにゆらめく、まぼろし。熱さと冷たさとの境に。ゆらめく気配は、わたくしのかげろう。
ああ、嬉しい。この香で、わたくしのかげろうは、より、素晴らしくなりました」
歌うように、恍惚として言う姫君。
傍らのほむらも、にやりとして告げる。
「姫様の陽炎の術、逃れられるものか」
忍び二人は、なすすべも無い、かと思われたが。
「……忍法、竜巻囲い!」
「なんだよそれ!」
「独自で編み出したんだよ!!」
小さなつむじ風が起きる。つむじ風はすぐに大きさを増し、そのうち、あっという間に忍び二人を包んだ。
「……おや。まあ」
口元に手を当て、あくまでも淑やかに驚く、姫君。
「へへ〜んだ」
「余裕ですね、」
「術とわかれば、防げばこっちのもんさ!」
「そうでしょうか………?」
首を傾げて、姫君が言う。
「民はもう既に。わたくしの、夢の中ですよ?」
「「なにっ?!?!」」
庭の中、そして外。
気づくと多くの、この国の民が。ゆらめく気配に酔い、集まって来ていた。
姫君が操る妖術、陽炎に。
民は惑い、操られ。ふらふらと、集まる。
「畜生っ!道理で、この国に入ってから。かげろうの姫君、の事を訊いても、城への道を案内されるばかり、他には碌に、調べがつかなかった訳だ!」
「既に、国中が姫の術の内なら。噂も何も、あったもんじゃねえなっ!」
「ああ、そうだ!」
風で必死に防ぎながら、忍び達は言葉を交わす。
「まあったく、とんだ姫君だなあっ!」
「ああ!妖術に引っ張られないようにするだけで、やっとだ!!」
「…流石に、忍びには妖術の効きが悪いですね、姫様」
「ええ。香探しの役には立ちましたが、思わぬ所で足枷になりました」
姫君は、するりと歩いて、民の前に立つ。
「…わたくしの喜びが、民の喜び。
わたくしの幸せが、民の幸せ。
今日、わたくしは、この香が手に入って、嬉しいの。
お陰で、皆も、幸せでしょう?」
ふふ、と笑って言う姫君に。
「無茶苦茶だなあ、おい!」
忍びの男はつむじ風の中から、大声で言った。
そんな忍びにお構いなく。
姫君は歌い出し、そして、舞を舞う。
「民よ踊れ、わたくしの、陽炎の夢で
踊れ、そして、剣を持て
わたくしの為に、踊り、そして戦え
民は皆、わたくしが大好きなのだから」
歌に誘われ、舞に促されるように。
民は、気づくと武器を持ち。
夢見心地で、隣国へと進軍を始めていた。
「ばっかやろおー!早く止めねえと!おし、行くぞ!」
「行くって、どうやって止めんだよお!」
「走りながら考えるっ!」
「そんなあ〜〜〜っ!」
民の暴走を止めるため。
二人の忍びは、無謀な戦いへと、駆け出したのであった。
二人の後ろには、一陣の風が。走る二人の背を押すように、鋭く、たなびいていたのであった。
はい!超とんちき時代物でした!!!
ちょっと、キャラや設定、シチュエーションが、いつか使えそうだな、な短編!
読んでいただき、ありがとうございました!
モデルというか、演じてほしい、元になった方は、居ます。