報告書8-データコピー中の出来事(4)
シンの方へ攻撃を仕掛けるのかと思っていたが、何故か青年はヴィエラの方に向かって来る。反応しきれないヴィエラを再び持ち上げて、シンが後退する。
「あらら、あんた狙われてるね」
「か、軽く言わないで!」
ヴィエラが狙われた。それは、ヴィエラを攻撃すればシンが助けに入る。つまりヴィエラの存在はシンの足を引っ張ると認識された事を意味する。その事実にヴィエラは悔しくなる。
青年の攻撃から逃げつつ、シンはヴィエラの表情をちらりと見た。
「まあ、仕方ないね。そいじゃ、死なないよう頑張りましょうか」
再び軽く答えると、彼はヴィエラを抱えたまま身軽にあっちへこっちへと移動する。人一人抱えているとは思えない動きで、シンは敵を翻弄する。
「ちょこまかと動きやがって」
青年は小さく悪態を吐き、シンを追いかけていた足を止めた。
追いかけられるのが止まったので、シンも足を止め、青年を観察する。何をするのだろうかと警戒していると、青年が何かを呟いた。小さすぎて何を言っているのかヴィエラには分からなかったが、青年が言い終えた瞬間、ヴィエラを抱えているシンの力が強まった。
どうしたのだろうかとシンを見上げると、先程までの現状にそぐわない表情ではなく、何かとんでもないものに遭遇したようなものになっている。その変化にヴィエラはまさにぽかんという擬音がふさわしいなんとも間抜けな表情を浮かべた。
「シン?」
ヴィエラの問いかけに、シンの意識が一瞬青年から彼女へと移る。その瞬間、青年は一気にシンとヴィエラに向かって突き進んできた。
ヴィエラの方に意識が向いていたシンは一瞬反応が遅れた。
咄嗟に後ろの方へ飛んで青年の斬撃を避けるが、少し反応が遅かった。青年の剣がシンの腕を切り裂き、シンの血がヴィエラの顔についた。
「しくじったな」
視線を青年に定めたまま、シンは自分の失態に苦笑する。
「さて、これからどうしようかな」
腕を切られただけでは状況は変わらないといった感じにシンは不意を突かれる前の状態にさっさと戻ってしまった。
青年の攻撃が当たらない程度の距離を保ちつつ、相手の動きを窺う。シンの予想では立て続けに攻撃が仕掛けられてくると思っていたが、予想に反して青年は動かない。
この隙に逃げてしまおうかとシンは思ったが、何やらヴィエラの様子がおかしい事に気づいた。抱えている身体が震えており、顔の前に両手を持ってきている。どうしたのだろうかと青年に意識を向けながらヴィエラの顔を覗き込むと、彼女は眼を大きく見開き焦点が合っていない。明らかに正常じゃない彼女の状態に、シンは危機感を覚えた。
今状態のヴィエラを抱えたままでの戦闘は避けた方が良いだろうと判断したシンは、この場から撤退する事を決断した。運よくシンたちの後ろに出口がある位置に立っているのでこの部屋から出る事は簡単だろう。だが、記憶媒体を置いて行ってしまっては敵に持って行かれてしまうかもしれない。
それだけは避けたいなぁ、などと思いながらシンは対策を立てる。
青年を警戒しながら様子のおかしいヴィエラをそっと地面に置いて、彼女を囲むようにに金属の棒を3つ置く。するとヴィエラを包むように金属の壁が出現した。
これで準備万端とシンは満足げに頷き、改めて青年と向き合う。
「何故、最初から使わない」
青年の言葉にシンは笑顔で答える。
「使ったら後でボコボコにされそうだからね。今は緊急事態、仕方ない」
そう言いながらシンは腰に付けていた愛用の棍棒を手にとって構えをとる。
「そんな武器で俺に挑むのか」
「見た目は頼りなさそうですが、昔の人はこれで犯罪者を取り締まってたから、なめてかかると痛い目見るよ~」
軽く手首を回して具合を確かめる。対人の戦闘は久しく行っていないが、まあ大丈夫だろう。
少しの間を置いて、二人は同時に走り出した。
青年の正面へ向かっていき、青年が攻撃を仕掛けて来たところでシンは左へ移動し、青年の攻撃を避ける。そのまま記憶媒体を差している方へ飛び、すばやくそれを抜く。それを懐に入れ、代わりに手のひらサイズの物を取り出す。
再び向かって来る青年を避け、取り出した物を床に向けて投げる。すると閃光と耳鳴りの様な高音の音が響き渡った。
青年が怯んだ隙に、シンは青年の所まで行き彼の頭に蹴りを入れようとするが、寸での所でかわされる。そのまま先程の蹴りの力を利用して第二陣を繰り出す。今度は青年の腰に当たり、青年が吹っ飛んだ。すぐさま態勢を立て直したが、シンの行動の方が早かった。
ヴィエラの所まで素早く戻り、彼女を守っていた物を外す。まだ正気に戻っていないヴィエラを抱えてシンは一目散にその場から逃げだした。