報告書1‐不審人物との遭遇
薄暗い建物の中を一人進む者がいる。
その人物は少し震えながら、壁に手をつきゆっくりと進む。
しばらくそうして進んでいると、遠くに外からの光が沢山入る穴がある。建物の出口らしい。
安心したのか、大きく息を吐いた。
「やっと出口だぁ」
嬉しそうに顔に笑みを浮かべ、少しかけあし駆け足で光の射す方に向かう。
しかし、その出口は願っていたものとは違っていた。
薄暗く狭い通路から出ると、広い庭園が広がっている。
庭園は建物の中に作られており、天井はガラスで覆われている。そこから、外の光が降り注いでいた。
その光景を見た瞬間、出口を探していた人物、ヴィエラは、膝を折り地面に座り込む。そして呆然と、それこそ突きつけられた現実を拒否するように大きく目を開いて目の前の光景を見る。
「そんな。・・・どうしよう、もう五時間も経っちゃったのに」
首に下げていた懐中時計を見て呟く。懐中時計の短い針は、八を指している。此処に着いたのは正午だったから、今は午後の八時ということになる。皆心配しているだろうと思いながらも、出口を探すため歩き通しだったため疲れが蓄積しており、立つ気力もない。
先ほどやっと出られるという希望も打ち砕かれたのだ、尚更である。
だが、ずっと呆けている訳にもいかない。
とりあえずポーチの中に入っていた簡易食を取り出し栄養を補給する。
もごもごと食べながら今後のことを考える。
もうこんな時間になってしまったのだ、他の人たちはすでに一旦キャンプ地に帰っているだろう。リードはきちんと持っているから、私が居る所は分かっているはずだ。
問題は、どうやって私がいる所に辿り着くかだ。
「ずいぶん長い間滑り落ちたからなぁ」
約五時間前の出来事を思い返す。
自分たちは遺跡調査のためにここに来ていた。
しかし、調べている時にうっかりと隠し扉を開いてしまった。
そのまま扉の内側に倒れてしまったのだ。
更に運の悪いことに内側は滑り台の様になっていた。そのままずるずると落ちて行く時、自分が入った扉が段々と閉まっていき周りが暗くなっていった。
その瞬間に絶望が襲ってきて血の気が下がった。
何故ならこうゆうものはたいてい脱出通路を目的として作られている。ということは、敵が追いかけてこれないよう、簡単にはあの扉を開くことが出来ない筈。つまり、仲間が自分をそこから助けに来ることはほぼ不可能ということなのである。
ああ、自分の間抜けさに腹が立つ。
簡易食を食べ終わり、幾らか回復した体力を使って出口探しを再び始める為立ち上がる。
座った時に付いた土や草を払ってから大きく伸びをして気合いを入れる。
「よっし。がんばろう」
先ほど座った時に手放した懐中電灯を拾って歩き出す。
ガサガサと長い年月の間に伸びた草むらの中を進んでゆく。
最初は何があるか分からないので慎重に進んでいたのだが、既に心身ともに疲労している。
そんな状態で集中力が続くはずもなく、見事、大きな『何か』につまずき草むらに顔から突っ込んでしまった。
草がクッションの役割をしてくれたおかげで傷をつけることはなかったが、痛みで涙が浮かんできた。
ぶつけた鼻を擦りながらつまずいた『何か』を見るため振り返る。
初めはそれが何だかわからなかったが、その物体が何だが理解した瞬間思わず叫びそうになった。
咄嗟にそれはまずいと思い、自分の口を手で押さえて叫び声を飲み込む。
そして、恐る恐る『それ』の顔を覗き込む。
ヴィエラがつまずいたものは、青年だった。
つまづかれたのに何故か青年は起き上がることはなく、仰向けで心地よさそうに眠っている。
最初の衝撃が過ぎると目の前のもの(主にその図太い神経に対して)に興味がわき、ヴィエラは青年のことを凝視する。
『ここに住んでいる』という可能性はないだろう。
一緒に来ていた調査員の一人でもない。
となると・・・
「もしかして泥棒・・・?」
ぼそっと呟く。
「いや、泥棒じゃない。トレジャーハンターだ」
「トレジャーハンターも泥棒と同じじゃない・・・って」
普通に返事をしてしまったが、ちょっとまて。ここには二人しかいないわけで、自分以外の声が聞こえたということは・・・。
一度固まった思考を急いでフル回転させる。
「おーい、どうかしたのか?」
うるさいな。考え事してるんだから静かにしてよ。
「硬直してるのはいいが、このままっていうのもな」
そう言うと、青年はよっと勢いをつけて立ち上がった。
服に付いた草を払い落し、体をほぐす為、手を組んで伸びをする。
「うっし。しっかり休んだし、出口探しに行くぞ」
青年はそう言うと、まだ座ったままのヴィエラに手を差し出した。
差し出された手をヴィエラは不思議そうに見つめる。
「ほら、君も」
その言葉に差し出された手の意味を理解したヴィエラは、青年の手のひらに自分の手を重ねた。
重ねたあと、はっと気づく。
なに素直に泥棒(かもしれない人)の助けを借りているのだろう、と。
青年はそんな混乱しているヴィエラを勢いよく引っ張る。
「わっ」
いきなり引っ張られたヴィエラは驚きの声を上げた。
踏ん張ることが出来ず、そのまま勢いよく前にいる青年にぶつかる。
「おっと」
青年はヴィエラを受け止めると、よいしょと幼子を持ち上げるように彼女を立たせた。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして、まあ俺がいきなり引っ張ったのがいけないわけだし」
転びそうになったことが恥ずかしかったのか、少し紅くなった顔を不機嫌そうに膨らませながら受け止めてくれたことに礼を言う。
礼を言うにはふさわしくない不貞腐れた顔をヴィエラはしていたが、青年は特に気にした風もなく出口を探す為に当たりを見回した。
「さて、と。じゃ、こっちに行くか」
青年はそう言い放つとヴィエラを置いて壁のほうに向かっていった。
「え?そっちは壁じゃ・・・」
困惑しているヴィエラをよそに、青年は壁を調べ始める。
「あ、ここかな?」
そう言うと荷物から何やら変な物を取り出し、壁に貼り付けた。
「ちょっ、あんた、それって!」
その『何か』が何なのか気付いたヴィエラは血の気が引いた。
そのせいで初対面の人相手に「あんた」という不適切な言葉を使ってしまったわけだが、それほど彼女を慌てさせる品物を彼はどこからともなく取り出し使おうとしているのである。
「セット完了。じゃ、逃げるぞ」
その後の青年の行動は驚くほど速く、驚きで突っ立ったままでいるヴィエラの手をつかんで壁から距離をとる。
十メートル程離れた所まで行くと先ほどの『何か』が……爆発した。
「ぎゃぁぁああああああああ!」
爆発とともに爆風がヴィエラ達に襲い掛かり、二人は軽く吹っ飛んだ。
「いてて。大丈夫か?あんた」
「だいじょばない…思いっきり尻打った」
ヴィエラは青年の両腕に頭を守られる様にして抱きかかえられていた。
頭を打つことはなかったが、地面にぶつかった衝撃で強か尻を打った。痛みで涙がにじみ出る。
が、そんなことにかまっていられない。
「てか、あんたあぁぁぁ!あんなものをこんなところで使うなんて正気かあぁぁぁぁぁぁ!」
ヴィエラは力の限り叫び、青年の襟首をつかんで物凄い勢いで前後に揺すった。
「あんた、自分が何使ったかわかってんの!」
「え?うん。レベルCの小型水素爆弾だけど」
青年はいきり立っているヴィエラを不思議そうに見ながら平然と答える。
それを見て更にヴィエラの頭に血が上る。
「あぁんたはぁあああ!そんな強力なものこんな古い遺跡内で使って、壊したところがやばかったら崩れて生き埋めになるでしょうが!もうちょっと考えてそうゆうもんを使え!」
大声で叫んだせいか、少し酸素不足になり肩でゼイゼイと息を吸う。
あんなに怒鳴られたにもかかわらず、青年の表情は穏やかであった。
「大丈夫だよ。ここはあんなものじゃ壊れない」
どこか確信をもった、それまでのふわふわと頼りない物言いでなく力強い声音で青年は言った。
「え?」
その変化にヴィエラは青年がこの遺跡について何か知っているのではないのかと思った。…が、
「まぁ、トレジャーハンターの勘だけどな!」
青年は元気よく、爽やかな笑顔と共にヴィエラに向かってグッと親指を立てた。
「あほかぁぁぁぁぁああああああああああ!!」
さわやかな青年の笑顔を見た瞬間、己の精神の何かが切れた。その瞬間、己の体で出せる限りの力を振り絞り、ヴィエラは青年に回し蹴りを喰らわせた。