9 求婚者
あの裳着以降、俺のモテっぷりがすごい。
ご近所さんから高貴な人まで呼んでのお祝いだった為、確かに話題性はあっただろう。
しかしそれに加えて、俺(お姫様)の美貌まで噂が広まっているらしく一目見ようとお屋敷の周りをウロウロする輩が湧いている。
お金も美貌も持ったお姫様は確かに優良物件だ。
俺だってご近所にそんな子が居たら気になって見に行くかもしれない。
…だが、ハッキリ言って迷惑でしかない。
立派な塀と垣根に囲われては居るが、奴らは一目見る為に無い隙間を探し、よじ登り、笛を鳴らし、琵琶を鳴らし、文を送り、歌を読み、ウロウロと歩き回るなどの求愛行動を日夜関係なく行っているのだ。
もはやストーカー的な不審者にしか思えない…。
「暇人多すぎだろ、仕事しろよ…」
と、つい愚痴ったら、
『力(お金)のある嫁探しも立派な仕事の一つです』
と、お姫様に返された。
…確かに。
だが、理解はしたが納得はしたくない。
これでは不法侵入されるのも時間の問題だと戦々恐々としていたらお姫様に言われた。
『この屋敷は守られているので、住居者の許可が無ければ入る事は出来ません』
天界様、ありがとうございます。
天界の手厚さに心から感謝した。
…あ、因みに名前は予定通りかぐや姫となりました。
姫なんて呼ばれて一瞬驚いたが、身分の高い女性の姫呼びは普通の事らしい。
俺は一応、身分は置いても金があるから大丈夫らしい。
金の力ってすごいよな…。
…そして、…俺もついに姫呼びか。
…全く嬉しくない。
いやしかし、問題はそれだけではない。
「かぐや、お前はどんな相手が良いかのぉ」
「こんな良い子はいませんからね、一番ステキな人を選ばないと…」
ウキウキで結婚相手を品定めしている爺さん婆さんが問題なのだ。
最初はそんなに結婚に対して考えて無かったはずなのだが、しつこい求婚者や周りからの助言にて最高の結婚を用意する事が親としての務めだと思い込んでしまったようなのだ。
誰だよ、爺さん婆さんに余計な事を言いやがったのは…。
「お姫様って結婚とかどう思ってるんだ?」
コソッとお姫様に聞いてみた。
『こんな下界で結婚する意味がわかりません。
…しかし、この者達が希望するなら吝かではありません…』
と、少し暗い声で返事がきた。
「いや、爺さん婆さんは関係なくお姫様はしたいか、したくないか聞いてるんだか…」
下界ってのは置いといて、女の子って結婚に憧れるって聞くしな…
今なら選びたい放題な状況ではある。
『…私は……出来るなら、…したくありません』
「良かった。」
『っ…』
お姫様はちょっと息を呑むような感じがあった気はするが、それ以降の返事がないので本当はどんな反応をしていたのかは分からない。
それよりも、俺はお姫様の返事に心からホッとした。
聞いておいて何だが、したいと言われた日には…俺は一体この身体でどうしたら良いのか途方に暮れるトコロだった。
「まぁ、お姫様がしたくないなら別に結婚する必要なんてないよな…」
一応、お姫様に向かって確認だけはする。
『…そう…ですね』
よし。言質はとった。
まぁ、そもそも天界人が下界の人と結婚出来るのかもわからないのだが…。
「お爺さん、お婆さん、私は結婚などしたくありません」
一応、言ってみた。
爺さんと婆さんはこっちを見てポカンとしている。
『…結構はっきり言いますね…』
お姫様から若干呆れを含んだ声が聞こえる。
こう言う時は誤解のないように言わないとな。
「…い、いや、何じゃと。」
「…結婚したく…ない…のですか…?」
2人は顔を見合わせて困った顔をしている。
「でものぉ、わしらももう歳じゃしな…」
「そうですね…独りになってしまいますからね…」
確かに年齢を考えるとそうだが、別に金に困ってもないし、無理して結婚する程の必要性は感じない。
逆に最後まで一緒に居る事が出来るし、結婚しない方が良いのではないだろうか。
「それにのぉ、普通はするもんじゃなかろうか…」
「そうですね、…相手も立派な方を探しますし、心配はないですよ」
爺さんも婆さんもしどろもどろに説得しようとする。
「…しかし、私は普通の人とは違います…」
なんといっても竹から出てきたし、3ヶ月で大きくなったし、爺さん婆さんもそれはわかっているだろう…。
…え、わかってるよな?
「それは大丈夫じゃ。こんなに美しくて良い子なのじゃ。何も問題はない」
「そうですよ、問題はありません」
いや、問題はあるだろ…。
爺さんと婆さんにとってはささいな事かもしれないが、結構な問題だと思う。
その後も少し話し合ったが、爺さんと婆さんはなんとか俺を説得しようと頑張っている。
…そもそも問題のあるなし以前に、結婚自体したくないのだがそれが理解出来ないようだ。
…まぁ、正直理解して貰えたら嬉しいが、理解できないかもしれないとも思っていた。
…常識って時代や場所によって違うしな。
ただ、一応自分の気持ちは言っておきたかったのだ。
「では、せめて婚姻する相手をしっかり見極めたいと思います。
候補者を選ばれた際には、ぜひ私からもその方達へのお話の機会を設けて頂きたいです」
俺の発言に爺さんも婆さんも少し驚きはしたものの、すぐに安心したように笑顔になる。
「もちろんじゃ。これは張り切って選ばにゃいかんのぉ」
「そうですね、可愛いこの子のために、立派な人を選ばないといけませんねぇ」
張り切って選び出した爺さん婆さんには悪いが、結婚は断固拒否するつもりである。
『この者達への恩は良いのですか?』
お姫様からそう問われたが、それとこれとは話が違う。
爺さんと婆さんは、きっと俺の幸せを考えているのだろう。
だが、そもそもこの結婚に俺の幸せもお姫様の幸せも無いのだ。
それなら別に結婚する必要なんてないはずだ。
それならば爺さん婆さんも納得する形で結婚を回避するのが一番良いに違いない。
『そんな事出来るのですか?』
「大丈夫。なんといっても俺には秘策がある』
俺は自信を持ってお姫様にそう返事をした。
「では、私への愛の証明として、仏の御石の鉢と、蓬莱の玉の枝と、火鼠の皮衣と、龍の頸の珠と、燕の子安貝をお待ち下さい」
爺さん婆さんご推薦の高貴な方々を一堂に会し、求婚に対する返事として最高のお言葉を伝えた。
そう、竹取物語に出てくるかの有名な無理難題の品を突きつけたのだ。
これぞ、俺の秘策。
昨夜、必死に難題の品物を5つ思い出した。
意外にもお姫様もその名を知っていたのでなんとか絞り出せて良かった。
なんとビックリそれらの品は天界に実在するそうなのだ。
一堂は一瞬、呆気に取られたようだが、その中の1人が立ち上がる。
「なんと無礼な!」
つられて他の者も怒り出す。
「断るならハッキリといえば良いものをっ!」
あれ?
めっちゃ怒ってるけど…
爺さん婆さんはどうしたら良いのか分からずオロオロとしている。
「カグヤ、そんな無理難題をいうモノじゃないぞ…」
…。
爺さん、なんかゴメン…。
…しかし、ここまで来たら貫くしかないだろう。
「全てを揃える必要はありません。
1人ひとつ。
私の事を思ってくださるのならきっと手に入れてくれる事でしょう。」
俺のハッキリとした宣言に求婚者の身分もプライドも高い方達は言い返す事もせず、そのまま去っていった。
あれ、なんかみんな怒ってたし思っていた感じとは違うが無事断れた感じか…?
爺さんは特に納得した様子もなく困り果て、波風立ちまくりな一件だったが、無事なんとかやり過ごせたのではないかと思う。
正直、このまま呆れて求婚を取り下げて貰えたら最高だと期待した。
…もちろんそんな簡単な筈はなく、諦めたわけでは無かった事を後で知ることになり心底ガッカリする事になった…。
『なかなか面白い見せ物でした』
脱力する俺の頭に楽しそうなお姫様の声が明るく響いた。