5 至れり尽くせり
午後になり、爺さんが帰ってきた。
「婆さんや、婆さんや」
また、慌てた様子でボロ屋に帰ってきたが、また金でも見つけたのだろうか。
婆さんはぱたぱたと爺さんのトコロへと駆け寄る。
「まぁまぁ、今度は一体どうしたのですか?」
婆さんが少し驚いた様子で爺さんに聞く。
「婆さんや、…なんと屋敷を譲って貰ってしもうた…」
「…?」
「…何ですって?」
婆さんが聞き直す。
俺も意味がわからないのでぜひ説明して欲しい。
「実はな、家の修繕を頼みに行ったんじゃが…話をちっとも聞いて貰えんで困っておったんじゃ。」
あぁ、爺さん小汚いままだし金持って無さそうだもんな…。
婆さんも少し悲しそうに聞いている。
「そしたらそこに貴人の方が現れてな…わしに境遇を尋ねてこられたのじゃ。」
「まぁ…。貴人の方なんて大丈夫なのですか…?」
婆さんは何やらハラハラとしている。
貴人とは何やら身分の高い人の事っぽいが…
…そんな奴が何故小汚い爺さんに話しかけるんだ?
「わしもどうすれば良いかわからんかったが、…何とかかんとか、娘が出来てお金が出来たから娘の為に家をなんとかしたいと言うたんじゃ。」
「…まぁ…」
「そしたら、ちょうど手放す予定の屋敷があると言われてな。…美しい娘なら、ちゃんとした屋敷を準備した方が良いと言われてしもうて…
…もしワシらさえよければ譲ってくださると言うんじゃ…」
え、爺さん騙されてないか?
そんな奴が何故小汚い爺さんにわざわざそんな話をするんだ?
…明らかに怪しいだろ。
俺がハラハラと爺さんの話を聞いていると今日は何故か口数の少なかったお姫様が話し始めた。
『段取りが遅いですね…。
…本来なら既に引っ越した状態で受け入れるべきだったのに…』
「え、まさか屋敷を譲ってくれたのって天界の人なのか?」
驚いてつい呟いてしまったが、爺さんと婆さんは話に集中していて俺の声には気付かなかったようだ。
『その者が天界の者かどうかはわからないですが、おそらくは環境改善の処置の可能性が高いです』
おぉ、至れり尽くせりって感じだな。
…だが、コレで本当にお姫様は罪を償えているのだろうか…?
まぁ、とりあえず優しい爺さんと婆さんが騙されているのではないなら良かった。
俺はホッとしつつ爺さんと婆さんの話を再び聞くことにした。
「わしもタダで貰うわけにもいかんと思ってこの筒に入った金を渡そうとしたんじゃが…」
爺さん、金をそのまま持って行ったのか…危なくね?
爺さんの話に不安を感じ始めたのだが…それはまだ序の口だった。
「それを見ていた他の者が訊ねてきてな…。
その金をどうやって手に入れたか聞かれたもんで、娘の言う通り探したら見つかったと言ったんじゃ。」
…。
…爺さん正直に言い過ぎじゃないか?
「そうしたらの、どんな娘だの幾つだの煩くなってしもうたからの、…みんなに聞こえるよう大きな声で、見た事も無いほど美しくて優しい賢い娘じゃと言ったのじゃ。」
「…おじいさん、そんな事言ったらみんなこの娘を見たくなってしまいます…」
婆さんも少し困った声で相の手を入れる。
「その通りじゃ。…みんな見せよ見せよと言い出してのぉ。困り果てておったら貴人の人が助けてくれたのじゃ」
…
もはや、爺さんの話のどこに突っ込めば良いのかがわからない…。
『まぁ、年頃の娘を見せよだなんて、下界は品性のない者ばかりですね』
「…」
遠い目をして聞くしか出来ない俺に気付く事なく、爺さんは婆さんに一生懸命話続ける。
「…貴人の方がみなに向かっておっしゃったのじゃ。『娘を見たいのなら、正式な手続きをすると良い』と。」
正式な手続きとは?
「あら、まぁ…正式な手続きとは何ですかね?」
婆さんが聞いて欲しい事を聞いてくれる。
「それがの…文を送り正式に婚約を申し込む事らしくてのぉ…」
「…お爺さん、…文読めたのですか?」
婆さんはもはや不安しかなさそうな顔をしている。
「いや、それが読めんからのぉ、それを貴人の方に申し上げたのじゃ。」
「まぁ…」
「…そしたら、そういった事にも相談にのるから安心して引越すと良いと言うてくれたんじゃ」
天界からのアフタフォローバッチリ過ぎだろ…。
「しかし、それを聞いた者達がお金もお屋敷もあって美しいのならぜひ縁を結びたいと言い出してな…」
「まぁ…」
「何とか文を用意したら持っていくと言う者達がうるさくてな、まだ小さいで嫁は早いとは言ったんじゃがのぉ…」
「まぁ…」
「…貴人の方からも、やはり娘の為にも早めに家を移るように強く勧められてしもうてな…」
『私は結婚適齢期だと思うのですが、下界ではまだ早いのですね…』
小さいの意味が違う。
…そもそも、このお姫様はいくつぐらいなのだろうか。
「…その貴人の方が迎えの牛車まで用意してくれると言い出してのぉ、…どうもしばらくしたら迎えの牛車を家まで寄越してくれるみたいなのじゃ…」
「…まぁ、なんと」
「…」
なんと。
それから程なく、何やら立派そうな牛車がボロい家の前まで本当に迎えにきた。
『網代車ですか…まぁ、仕方ないですね』
お姫様は何やら言っていたが、俺は爺さん手作りのエジコに入っての移動となる。
もちろん俺には持ち物なんてない。
爺さん達も、ボロい家から持っていく物なんてあるのかと思いきや、婆さんは反物が入っていた小汚い籠を、爺さんは竹取り用の道具を大切そうに運んでいた。
『新しいものを買えば良いのに…』
お姫様には爺さん婆さんの大切な物が不思議に感じるようだ。
「…思い入れのある物はそんなに簡単に捨てられないんだよ。」
『…』
お姫様には価値に関係なく思い入れのある物はないのだろうか。
ちなみに俺は、今入っているこのエジコにも既に愛着が湧いてきている。