3 お爺さんとお婆さん
爺さんに連れて行かれたのは、家と呼ぶには烏滸がましい程のボロい建物。
もはや、ほったて小屋と言う言葉がピッタリな家であった。
『ここは何の建物ですか?物置にしてももう少ししっかりとした造りにした方が良いのでは?』
失礼な発言ではあるがお姫様に少し同感である。
「あら。おじいさん、おかえりなさい…」
庭の畑らしき所で作業をしていたらしい婆さんが爺さんを見つけて声を掛けてきた。
頭にはぼろぼろの布を被り、汚れて擦り切れた服にボサボサの白い髪の爺さん同様の小汚い婆さんだ。
ただ、やっぱりとても穏やかな雰囲気を持った優しそうな婆さんだ。
『また小汚い下賎な者が出て来ましたね』
ちょっと黙ってて欲しい。
「今日は帰りが早いのですねぇ。」
ニコニコとした婆さんが爺さんに話しかける。
「ばあさんや、これを見てくれ。」
爺さんは急いで荷物を家の前に置くと、嬉しそうに俺をそっと婆さんの前へと差し出した。
「あらあら、なんですか?」
笑いながらやってきた婆さんの前に差し出される。
手のひらには小さな俺。
「まぁ、何を…。…あら…まぁ、まぁ!」
ニコニコと覗き込んだ婆さんは俺を見て目が合うと口に手を当てて驚いた。
爺さんと同じようにジッと見つめて暫くするとホウっと息を吐く。
「…これは…。
…なんと…まぁ…かわいい…」
婆さんはジッと真剣に見つめた後に爺さんにそっと問いかける。
「…まさか…私達に授けられたのですか…?」
爺さんはニコニコしながら、ウンウンとうなづいている。
そっと壊れ物を扱うように爺さんから婆さんへと渡される俺。
「導かれるように光り輝いていたのじゃ。
…きっと神様がわしらに授けてくださったんじゃろう。」
婆さんを優しく見守る爺さんはニコニコと嬉しそうだ。
婆さんは嬉しそうに頷いていたが、途中から泣き出した。
「子供の居ない私らを神様が哀れんでくださったのですかねぇ…
…まさか、こんなにかわいい子を授かるなんて…ねぇ」
「ばあさん…。」
爺さんも婆さんに釣られたのか泣き出した。
2人は泣きながら喜んでいる。
『不敬な者達ですね。私は天界の高貴な血筋であるのに…』
俺は薄い笑顔を貼り付けて沈黙に徹した。
どうやら爺さんは竹で簡単な生活用品を作りそれを売って生活しているようだ。
婆さんは畑っぽいものを世話したり、山で見つけた食べ物を売ったり干したりしているらしい。
『まぁ、なんと。
下界の中でも更に底辺な者達なのですね。
…初めて見ました』
お姫様は嫌悪というよりは純粋に驚いているようであった。
竹で生活用品を作るなんて職人だと思うのだが、お姫様の中で職人とは貴人向けの芸術品を作る者達を指す言葉らしい。
爺さんと婆さんは余程嬉しかったのか、2人でボロ小屋に向かうと俺の処遇について話始めた。
「お爺さん、こんな隙間風の入る家ではこの子が身体を壊してしまいます…。
竹で何か編んだらどうですかね?」
「おぉ、そうじゃな。
籠でも作ろうと思って準備した竹もあるし、暖かいエジコでも編もうかの。」
エジコって何だろう…。
俺の疑問を感じ取ったのかお姫様がそっと教えてくれた。
『エジコは乳児を入れる籠です。
…私は既に乳児でも幼児でもありませんが…』
婆さんは狭いボロ小屋の中でも一応床板のある場所へ汚い布を敷き、その上にそっと俺を乗せる。
「…おじいさんが暖かいエジコを編んでくれる間、ここで大人しく待てますか?」
俺は何となくこっくりと頷く。
「なんと…良い子ですね」
婆さんは嬉しそうに笑い、何処からか持って来た汚い布で周りを更に囲う。
「コレで寒くはないですか…?
…すぐにお爺さんが作ってくれるから少しだけ待っていてくださいね」
ニコニコと笑う婆さんは嬉しそうに笑いかけると、狭い小屋の中の端に置いてあったボロい籠を何やら漁り始めた。
爺さんは何やらせっせと準備をしている。
エジコとやらでも編むのだろう。
婆さんは籠の中から目的の物が見つかったのか、何かを持って戻ってきた。
「ふふ、お待たせしました。
…これは私が嫁に持ってきた唯一の反物なのですよ」
ニコニコと嬉しげに見せるのは婆さん達の着ている服とは違い、比較的綺麗な布の反物。
「…コレで可愛い着物を作りますからね」
きっと大切にとってあったのだろう。
気持ちは嬉しいがそんな大切な物をここで使われるのはものすごく気が引ける。
『あんな小汚い布で私の服を作るのですか?』
お姫様は婆さんのこの優しい心遣いを踏みにじる発言をする。
俺は婆さんに向かって首を振る。
「お婆さん、それは大切に仕舞っておいて下さい…」
俺が声を掛けると婆さんは目をまん丸にしてこっちを凝視する。
「何と、言葉が…。
…まぁまぁ…ふふ、声まで可愛いですね…」
多少の驚きはしたものの、それ以上言及される事もなく俺はあっさりと受け入れられた。
まぁ、こんな怪しげな小さいサイズの女の子をあっさりと受け入れられるのなら話くらい出来ても気にしないのかもしれない。
「それは…お婆さんの大切な物でしょう…?」
俺の心配そうな声に婆さんは嬉しそうにニコニコしている。
「ふふ、大丈夫。…小さいから布だって余るし、心配は要らないですよ」
『私はあんな小汚い布の服は遠慮したいのです』
「…」
『だから、あの布は自分達の服にでも使えば良いではないですか…』
…ひょっとしてツンデレか?
…いや、違うか…。
まぁ、どっちにしろお姫様の言う事は一理ある。
俺は元々着ている物もあるし、擦り切れた服を着ている婆さん達の服こそ作るべきではないだろうか。
「…私は大丈夫ですので、お婆さんやお爺さんの為に使って下さい。」
「なんとまぁ、良い子ですね…」
婆さんはまた涙ぐんでいる。
何とか説得しつつ、婆さんに反物を片付けさせようと奮闘していると爺さんが声を掛けてきた。
「婆さんや、枠組だけはできたが今は藁が手元にないでな、なんぞ暖かいもんはないかのぉ…?」
爺さんの手元には何処かで見たことのある形をした籠。
そう、一時期流行った猫ちぐらによく似ている。
記憶の物よりは網目も大きく少し硬そうではあるが、確かに猫も入りたくなるような安定感はある。
アレが俺の部屋?
上部も半分程付いており、何とも可愛い。
いや、うっかりちょっとだけワクワクしてしまった。
『上部まであるとはエジコとは少し異なった形状ですね。
まるで閉じ込める為の座敷牢みたいです。』
いや、アレは座敷牢とかではないから。
きっと寒さを防ぐ為に上部も付けたのだろう。
確かに入り口を閉じられたら自分では出られなさそうだけど…
…
…え、違うよね?
『まぁ、あんな物に閉じ込められても簡単に出られるのですけどね』
…お姫様は自分の意思で身体を動せない事を忘れているようだ。