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22 魂離る

「…私は目的地も分からず不安な気持ちもありましたが、姫への思いを成就する為に気持ちを奮い立たせ、風の向くままに船旅を続けたのです」


車持皇子は気持ちよく語ってくれた。


「たとえ命の危険が迫ろうとも命のある限りはこの航海を続ければいつか蓬莱という場所に辿り着けると信じて…」


「…食糧が尽き果て草の根を採って食べたり…」


「…途中、嵐に遭いふねが沈みそうになる事も…」


「…気付けば国から遥か遠く離れた国へと辿り着き鬼のような妖に追いかけられる事もありました…」


「…そして、ある時には病気にかかり…」


「…また、ある時には偶々上陸した島にて気味の悪い妖に出会い…」



詰め込みすぎ詰め込みすぎ。


思わずツッコミを入れてしまう程、車持皇子の話は長い上に盛りに盛ってあった。


所々どっかで聞き覚えがあると思ったら、コイツが側近に話していた冒険譚だ…。


いや、確かに読んでみたいとは言ったがコイツが主役の物語だと思うと一気に興醒めなのだが…。


しかも、物語だからこそ許せる冒険譚なのに自分の武勇伝として話すなんて最悪だ…。


「…なんと、そのような苦労を…」


素直な爺さんは全てを信じ切ってヒーローを見る目で車持皇子を見つめている…。


車持皇子は爺さんからの称賛の言葉に気分が良くなったのか大袈裟な手振り身振りでますます調子に乗って話出す。


「…そんな船旅を続けていた所、ついに海上に漂う大きな山を見つけたのです」


「なんと」


「高く美しい山でしたが、私は慎重に山の周囲の様子を伺い…」


「…ほぉ」


「…ついに、これこそが私の求める山なのだと上陸したのです」


「おぉ…」



『そろそろ終わりますか?』


…いや、多分今クライマックスだから。




ふと気が付けば、貴人の方も到着したようだ。


部屋の外に待機してくれているが、部屋の中が盛り上がっている為、入りづらそうにしている。



貴人の方の後ろには婆さんと職人の方達もいる。



「島にて出会った女人に山の名を聞くと…なんと蓬莱の山だと答えたのだ!」


「おお!」


「…」


車持皇子も爺さんも楽しそうだな。


水を差すのも悪いので、皆なんとなく話を聞いて待っている。


「…その山には見たことのない宝石の花が咲き、金、銀、瑠璃の川が流れ、色とりどりの宝石で出来た橋があり、この世の物とは思えぬ程に美しい景色だったのです…」


目がチカチカしそうだな…


「そして、宝石が咲くその美しい木々の中に置いてこの枝は全く目立たぬ地味な物でした」


車持皇子は爺さんが持っている蓬莱の玉の枝をビシっと指差して言い放つ。


「なんと、こんな素晴らしい物が地味じゃと…」


「「…」」


裏で聞いていた貴人の方や職人の方から微妙な空気を感じる。


「ええ、そうです。

他の花や木の美しいこと、美しいこと。

…それに比べてこちらは色とりどりの宝石や花も無く実に味気ない…」


「…これが、地味じゃとは…」


爺さんは美しい蓬莱の玉の枝を見て驚いている。


「しかし、姫が望んだのはこの地味で控えめな木の枝…私は仕方なくこちらを持って帰ったのです…」


いくら話を盛る為だとはいえ、この素晴らしい芸術作品を地味だの味気ないだのとよく言えるな…。




「お爺さん、お客様がお見えのようですよ」


クライマックスで無事に枝も見つけた事だし話のキリも良さそうなので声を掛けた。


爺さんはハッとしたようにこちらを見ると部屋の外に待つ人々の姿を見て驚き、すぐに申し訳なさそうな顔へと変わる。


一方、車持皇子はまだ話し足りないように少しムッとしてこちらを伺う。


「これはこれは…お待たせしてしまったようで…申し訳ないのぉ…」


爺さんはササッと貴人の方へ向かうと、申し訳なさそうに頭を下げる。


そして、後ろに控える職人の方達に視線を移して不思議そうな顔をする。


「…はて、こちらの方々は?」


「突然の訪問失礼致します。内匠寮の工匠、漢部内麻呂と申します」


職人の人が緊張しつつ話始めると車持皇子がその正体に気がついたのか慌て始めた。


「…あ…」


何かを言おうとするが何を言えば良いのかわからず結局言葉になっていない。


そんな車持皇子の様子には俺と貴人の方以外は気がついていないようだ。


「…ご側室になられるかぐや様のために弟子一同と共にご要望の品をお造り致しました」


職人は頭を下げたまま言葉を続ける。


爺さんは意味が理解できていないのかキョトンとした顔で話を聞いている。


「詳しい内容は文にして持って参りました。どうぞお受け取り下さい」


…おお、文を用意するなんて仕事の出来るやつだな。


しかし、爺さんも俺も文を読む事が出来ないのでついつい貴人の方へと視線を向けてしまう。


貴人の方はそっと文を受け取り開いて目を通す。


「…この者は弟子達と共に人里離れた場所にてご側室予定の姫ご要望の品[蓬莱の玉の枝]を製作したそうだ。五穀を断ち身を清め、事に当たったが報酬を頂きに屋敷へと伺った所、屋敷の者からは門前払いをされたらしい。そこで、ご要望の品の依頼主であるこちらに伺ったそうだ」


落ち着いた貴人の方の声が響き渡る。


「…ご側室…? …ご要望の品…?」


爺さんが呆然と言葉を繰り返している。


理解が追いついていないのだろう。


貴人の方は車持皇子へ向かって淡々と話を続ける。


「…そういえば車持皇子殿にはいつもお世話になっております。…どうもご注文頂いておりました貴金属と大粒の真珠、他にも色々とご都合した商品の代金のお支払いが滞っているようでして…」


貴人の方はさらりと追い討ちをかける。


「…お支払いできないようでしたら、お造りした蓬莱の玉の枝を質としてお預かりする形となりますのでご了承下さい」


「な、なんだと! そんな話聞いておらん!」


車持皇子はついうっかり返事をしたようだが、そんな事を言ってしまえば本当の事だと言ったようなものだ。


貴人の方、蓬莱の玉の枝の事気に入ってたのかな…


「…」


爺さんはうっかり答えた車持皇子を驚愕の瞳で見ている。


車持皇子は爺さんの表情に気付いて、すぐに気まずそうな顔へと変わり視線をそらす。



「…お爺さん、其方にある本物かと見間違える程に素晴らしい蓬莱の玉の枝はこちらの職人によって造られた物のようです。…お返ししましょう」


俺の言葉に車持皇子と爺さんがハッとこちらを見る。


車持皇子は何故か驚きの表情でこっちを見ていた。


俺の言葉が全くの予想外だったかのような反応だ…。


「…そ、…そうじゃな…偽物ならば…返さねばな…」


爺さんはやっと事情が飲み込めて来たのか、蓬莱の玉の枝をいそいそと櫃へ片付け始めた。


車持皇子は手に拳を握りしめ、唇をかみしめて下を向いている。


『職人達には相応しい処遇を』


お姫様の言葉もあり、俺は職人達にも声を掛ける。


「職人の方々にはご面倒をお掛けしました。本物と見間違えるような素晴らしい作品でしたので、よろしければこちらにてぜひ褒美の品を…」


「ありがとうございます!」


嬉しそうな職人達の返事にお姫様の満足気な気配を感じる。


そして俺も思わず笑みが溢れた。




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