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20 恥を捨てる(鉢を捨てる)-はじをすてる-

なんだかんだと結構な月日が流れ、石作皇子は限界を迎えたようだ。


俺とお姫様が様子を伺いに行くと丁度苛立たし気な声で話す石作皇子が居た。


数日前からずっと愚痴を言っていたのでそろそろだろうとは思っていた。


今は山中にある寺院にてお世話になっているようだがこの辺りに若い美しい娘は居らず、寺院や周りの村の鄙びた様子によく不満を漏らしていた。


そして、今まで我慢という物をしてこなかったこの男は遂に我慢の限界を迎えたらしく、帰路へ着く事を決めたようだ。


-「…こんな田舎はもう沢山だ。

既に大分月日も過ぎた事であるし、この辺りで都へ帰ろうと思う」-


-「…さようでございますか」-


-「皆にもそのように伝えろ」-


-「かしこまりました。

…しかし、肝心の姫君の所望の品はどうされますか?」-


-「…」-


-「帰りの道にて探しますか…?」-


いやいやいや。

そんな、旅行のお土産じゃないんだから…帰り道で見つかるわけないだろ…


心の中で思わずつっこんだが、話は更に悪い方へ進む。



-「…しょうがない、この寺にあった鉢を頂こう」-


-「…し、しかし、あれはこの寺にて大切にされていた物で…」-


-「あんな小汚い鉢…いくらでも代えはきくだろう」-


-「…いや、しかし…」-


-「よいから、さっさと取ってこい!」-


-「…は、…かしこまりました…」-


…。


最悪だ…。


途中でお土産を探す方がまだマシだった…。


こいつ、世話になった寺の大切な鉢を盗みやがった…。


『…この者は、誠意や感謝の心がないどころの話ではありませんね…』


「…最悪だな…」





都へと帰って来た石作皇子は綺麗な絹の袋に盗んできた鉢を入れ、手頃な花が見つからなかったのか、造花を付けて歌と共に贈ってきた。


偽物に偽物を付けて贈る神経がわからない…


「…」


「…」


爺さんと婆さんも顔を見合わせて困惑している。


「…これは、黒い鉢…に見えるんじゃが…」


「…ええ…そうですね…普通の鉢に見えますねぇ…」


それはそうだろう。

ただの鉢だからな…。


「お爺さん、お婆さん、仏の御石の鉢とは光輝くと聞きます…。

…これはあきらかに偽物でしょう…」


しかも、ただの偽物じゃない。盗品だ。



一緒に添えてあった歌の意味をお姫様が教えてくれる。


『血の涙を流しながら、苦労して手に入れたと書いてありますね…』


涙を流したのはお前に弄ばれた女性達だろう…


ちょっとだけ羨ましくも思ってしまったこいつの旅先での恋は冷めるのも早く何人もの女性達が泣かされる事になった。


初めは羨ましくも感じたその様子もすぐに嫌悪感を感じるようになった。


コイツは美しいと評判の相手に惹かれるのではなく、その評判の相手に愛される自分が好きなのだ。


だから、相手の事を何も考えていない。


「…お爺さんお婆さん、こちらの偽物はお返ししましょう」


俺が落ち着いた声でそう言うと爺さん婆さんも難しい顔をしながら頷いた。


「…うむ、そうじゃな。

…どうも参詣の噂といい、この鉢といい、いまいち信用ができんお方のようじゃな…」


横で婆さんも頷いている。


「そうですね、そんな方にこの子をお任せできません…」


…鉢は、光り輝くどころか歴史を感じさせる程に真っ黒だ。


なぜ、よりにもよってコレを選んだのだろう。


『まるで、あの者の将来を匂わせる色合いですね…』


「…」




俺は一旦部屋へと下がり、爺さんは石作皇子へと鉢を返しに行く事となった。


一応、貴人の方の所にも報告がてら挨拶に向かうとの事だったので、お返しの歌も必要ならば付けて貰う事になった。



「よし、見に行くか」


『…そう言うと思っていました』


最近はお姫様も俺の事をわかってくれていて嬉しい。


「…あの黒い鉢、どうするんだろうな…」


『…通常ならば返還しますが…どうするのでしょうね…』


アイツがあんな山寺まで盗んだ物を返しに行くなんて想像出来ない…。


…家臣に寺まで送るよう手配してくれたら良いのだけどな…。




影の移動にて爺さんよりも先に着いた石作皇子の屋敷では、皇子本人が俺からの連絡を今か今かと待っているようだった。


期待に満ちた顔で待っているようだが、…一体なぜあの真っ黒な鉢と造花でそんなに期待出来るのだろう…。


せめて、盗品でないピカピカな鉢と生花を用意しろよ…。



爺さんは貴人の方の所に寄っていた為か、大分遅くなってから牛車にて石作皇子の屋敷へと到着した。


石作皇子は待ちかねたように自ら門へと向かい返事を受け取ろうとする。


牛車から爺さんが降りているところへと急ぎ足で近づき声を掛ける。


いつもならドッシリと屋敷の中にて構えている主人のそんな珍しい姿に屋敷の内外で注目が集まっている。


そして、いつもと違う様子に一体何事かとわざわざ様子を見に出て来る者もいるようだ。


牛車から降りた爺さんは思っていたよりも多い迎えに心なしか顔を引き攣らせた。


-「…姫からの返事はいかように!」-


石作皇子は挨拶も何もかもすっ飛ばして自分の用件を訴える。


爺さんは一瞬困った様子になったがグッと眉間に皺を寄せて精一杯威厳のある声を出そうと頑張っている。


がんばれ爺さん。


-「…こちらは、どちらも本物ではないようなのでお返しします…」-


爺さんは難しい顔をして手に持っていた鉢と造花を返し、懐から紙を取り出す。


-「…そしてこれはお返しの歌となります」ー


どうやら、貴人の方は返歌を用意してくれたようだ。


石作皇子はごくりと息をのんだ後に受け取った手紙を開ける。


影から必死で見ようとすると覗き込むことが出来た。


『…ふ』


俺には読めないがお姫様は歌を見て笑ったようだ。


『…こんな光るどころか黒い鉢をどこで見つけたのかと書いてあります』


なるほど、嫌味がきいてるな。


石作皇子はしばらく眉間に皺を寄せじっと何かを考え込んだ後、すぐに開き直ったように太々しい態度へと変わる。


受け取った鉢を門の外へと苛立たし気に放り投げ、呆気に取られる爺さんを気にする事もなく家臣へと何か命令をする。


どうやら、筆と紙を持って来させたようだ。


-「…美しい姫の前では鉢も光を失ったのだろう」-


そう、言い放つと爺さんへ手紙を押し付ける。


-「…これを姫へ渡してくれ」-


こいつ…爺さんへの態度が悪いな…。


爺さんを見下していることが態度からありありとわかる。


余裕がなくなった今、本性が出てしまっているのだ。


爺さんはもうこいつを俺の結婚相手として見ることはないだろう。


珍しくニコリともしない顔で手紙を受け取り、無言で帰路へと着いた。


石作皇子は少しイライラした様子でフンっと鼻を鳴らすと屋敷の中へと戻っていった。


なにやらわからないまま、その様子を伺っていた屋敷の者も周辺の人達も自分の家や仕事場へと戻ろうと動き出す。


俺は思わず影から表へと飛び出る。


今は婆さんの地味な服に市女笠を身につけている為、周りに顔は見えない。


小走りで捨てられた鉢の方へ近づく。


「これは!山寺にて大切にされていた鉢ではないですか!!」


思いっきり大きな声で叫んでやった。


『…なにを…』


お姫様の驚きの声が聞こえる。


様子を伺っていた人達が何事かとコチラを見る。


俺はさっき捨てられた鉢を絹の袋から取り出して大きく掲げる。


「最近!盗まれたと言って!大変困っていたのですが!この鉢です!」


「こんなところに!なぜ!」


大きな声でみんなに聞こえるように叫んだ。


しばらく周りはシンっと静かになった後にざわつき始める。


「…そういえば、参詣で寺を巡ってたんだよな」


誰かがポツリとそう呟いた。


「…そういえば、何か探してるって聞いたけど…」


屋敷の者達からも声が聞こえた。


「…寺の物を盗んで回ってたのか…?」


「…そういえば、目的場所は特に無いと…」


ざわざわと憶測が飛び始める。


『…あなたは…』


お姫様の呆れた声が聞こえる。


「大切な物を!盗んでおいて!こんな所に捨てるなんて!」


もう一声。


「これは!持ち主のお寺に返させて頂きます!」


…よし、これくらいで良いかな。


俺は自身が、注目を集める前にササっと駆けると物陰から影へと入る。


まぁ、これでちょっとした噂ぐらいにはなるだろう。


鉢は持って来た。


後で影の移動で山寺に返してこよう。




石作皇子からの返歌は俺の手に渡ることなく処分された。


貴人の方からも無視しても良いと言われたらしく爺さんがコッソリ処分してくれたようだ。


無事鉢も元の寺に戻せたし結婚の話も流れた。


そして、俺が思っていた以上に石作皇子の噂は広まったようだ。


今や“鉢を捨てた”と“恥を捨てた”の言葉遊びの代表としてちょっとした有名人になっている。



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