2 竹の中からこんにちは
ひとまず、お姫様の罪は理解した。
そして罪を償う為に落とされた事も。
「…で、ここは一体何処なんだ?」
やたら過ごしやすい狭い空間。
気がついたら此処にいたのだが、一体ここは何処なのだろう。
ぐるりと周りを見ても壁に囲われて何もない。
『ここは落とされた下界の何処かです』
何処かってどこだよ。
其処が一番大事なのではないか。
『この地上に身体が馴染む間、安全な場所にて待機させられているのでしょう』
安全な場所で待機…。
『その内、天界の者の選定に通った者でも迎えに遣わされるのではないですか…』
「なにその至れり尽くせり感…」
罪人で追放と聞いて悲惨な環境を想像したのだがそのまま放り出されるような事はないようだ。
この場所も、確かに閉塞的ではあるが何故か居心地が良い。
『一応、身分が高いので最低限の酌量処置があるのです』
天界基準の安全な処置の施された場所で過ごすのか…。
「…それで罪を償った事になるのか…?」
俺の素朴な疑問に当たり前だろうといった空気で返事が返ってきた。
『穢れた下界にて時を過ごす事がすでに償いに値します』
…天界は一体、下界の事をどういう場所だと認識しているのだろうか…と、思わず疑念を持つ事になる返答だった…。
とりあえずお姫様の言葉を信じて暫くはのんびり過ごす事にした。
狭い部屋の中で過ごす中、発見した事もある。
着ている服が和装だ。
やたらと重なっているのでちょっと動きにくいが、そんなに動かないので問題はない。
むしろ、布団にくるまっているようで安心する。
それから、どうもこのお姫様は綺麗な黒髪らしい。
肩より少し長めの髪はチラチラと見える部分だけでもサラサラツヤツヤだ。
手で触っただけでもほっぺはツルツルプルプルだし、手も真っ白な綺麗な肌だ。
「お姫様って可愛いの?」
素朴な疑問に少し不機嫌そうな返事が返ってくる。
『天界の中でもそれなりに有名でした。だからこそ王の息子との縁談が結ばれたのです。』
「身分が高いからじゃないのか。」
『もちろんそれもありますが、天界の者は悠久の時を過ごすので急ぎ婚姻する必要はありません』
「え、そんな中で結婚が決まるって…つまり最終的には親が決めたとはいえ、婚約者はお姫様の事を好きだったってことじゃないか…?」
『それはわかりません。本人に聞いた事もありませんし…』
天界の事情はわからんが、もし好きだったのだとしたら…婚約者には同情してしまう。
「…お姫様は、浮気相手の事好きだったのか?」
『…いぇ、私は愛がわかりません。
だからこそ、以前求婚された方に手っ取り早く教えて貰おうと思ったのです…』
「…」
『結果追放される事となりました。
結局、愛とはどんなモノなのかわからぬままです』
記憶は無いが、俺にも教えれるほどの経験はない。
ただただ、婚約者を不憫に思う。
ちょいちょいお姫様の話を聞きつつ時を過ごしていたが、今はちょっと危機感を感じている。
日々、身体が成長しているのだ。
だが、成長といっても年を重ねる形の成長ではない。
身体自体が全体的に大きくなっているのだ。
見た目は然程変わらず、サイズだけが大きくなっている気がする。
広くない部屋が更に狭くなり、横になる事も出来ない大きさになってきた。
「…ちょっとお姫様。このまま圧死とかあったりする?」
お姫様とは何だかんだで、ずっと一緒なので大分気楽な関係にはなった気がする。
このお姫様はアホなのか純粋なのか、思い付くと前だけ見て突っ走りそうな部分がある。
世間知らずなのか天界の常識なのか素直な部分もあり傲慢さは多少感じるが悪気も無いので何処か憎めない。
『それは大丈夫です。いざとなったら壁を壊して出れば良いのですから』
壁を壊すのか…。
まだ上には余裕があるが、どこまでいったら壊すべきか…。
いや、そもそも壊せるのか…?
そんな悩みを抱え始めた時、ついにその時が来た。
パッカーン
いきなり天井が開いた。
…いや、開いたというか無くなったというか刈り取られたというか…。
どれだけぶりかわからないが部屋以外の景色を見る事となった。
寒くも暖かくもない快適な温度だった所に急に外気が入り込み、一瞬で換気された。
久しぶり(?)の空気に何となくシャキッとした気持ちになる。
続いて見えたのはメチャクチャデカくて小汚い爺さん。
今、まさに切り取りましたという姿勢で固まっている。
口はポカーンと開いている。
手には大きな鉈。
そう、慣れた感じに握られた手によく使い古された錆の付いた鉈。
あぁ、あれで天井を刈り取ったのか…。
…終わった。
一瞬、魂が抜けかけたが、終わってはいなかった。
デカくて小汚い爺さんは何やらとても驚いていたが、口を閉じるとこちらをジッと見つめ始めた。
どうやら、人が居るとは思って無かったのだろう。
小汚い爺さんが天井を刈り取ったおかげで周りの様子を見渡す事ができるようになった。
木、木、竹、竹、竹、竹、竹、竹…
どうやらここは山の中の竹藪っぽい場所のようだ。
爺さんの様子からしても荷物の具合からも竹を切る仕事でもしているのだろう。
そして、その竹のサイズを見て気付いた。
小汚い爺さんがデカいのではなく、自分が小さいのだ。
爺さんの鉈と反対側の手に握られた竹の上部切断部分。
中々成長していた竹らしく、先端は倒れて地についているが遠くて見えない。
…あれは部屋の天井だったはず。
なんだろう。…この状況、何処かで聞いた事がある。
お爺さんが竹を切ると中から可愛い女の子が…
…。
「お姫様って月に住んでたりする?」
小さな声で聞いてみた。
『月に住んではいませんが、通り道ではあります』
「…」
小汚い爺さんはそっと優しく俺を摘み上げ手に乗せる。
驚いてはいたがしばらくジッと見つめて破顔した。
そっと優しく手に包むと荷物を集めて帰り支度をし始める。
コレはきっと帰って婆さんに見せるのだろう…。
お姫様が言っていた天界の者による選定先はきっとこの爺さん夫婦に違いない。
そっと優しく持っているところや、小汚い手拭いのような物をそっと下に引いてくれる部分にも優しさを感じる。
『このような小汚い下賎な者に抱えられるなんて初めての体験です。』
そして、どうして自分が主導権を握っているのかを、今何となく理解した気がする。
『なぜ、こんな汚い場所に大人しく収まってるのですか?
私まで汚れてしまいます。』
お姫様だけだったら爺さんに向かって触るなぐらいは言い放ちそうだ。
しかし、そんな態度ではきっと誰も保護してくれない…。
…遠い目をする俺をそっと優しく持ったまま、爺さんは山を降りていく。
そして、そんな俺に爺さんに対する失礼な言葉達を悪気なく吐き続けるお姫様は、正しくお姫様だった。
これは、人の良さそうな爺さんには聞かせるべきではない言葉だと思う。