11 影の力
そもそも、お姫様にまさか影に入る能力があったなんて、もっと早く教えて欲しかった。
こんな楽しそうな能力を知ってしまったら勿論試したくなる。
そして他には何が出来るのかも教えて欲しい。
『今は大した事は出来ません。存在を薄くしたり、影の中を移動できるぐらいです』
十分すごい。
「ぜひ、やってみたい」
『…しょうがないですね』
部屋でいる時にお姫様に教えてもらったが、これは良い。
影の中を移動して、家の中を色々と移動出来る。
爺さん婆さんにも気付かれる事なく近寄り、気付かれる事なく部屋に戻る事も出来た。
なんなら気付かれる事なく会話を聞くことが出来るので盗み聞きも簡単だ。
これがあれば俺は最高のスパイにもなれそうだ。
そしてなによりこれがあれば…
「外出し放題じゃないか。」
俺が少し興奮気味にそう言うとお姫様からの冷めた返事が返ってきた。
『…外に出る用事なんてあるのですか?』
…。
確かに。
そもそも、今まで外に出たいと思ったことがなかった…。
身分ある女性はあまり出歩かないし、衣食住も満たされていた。
うっかり引き篭もりが当たり前の生活になっていたようだ。
しかし、この力があるならそんな事は関係ない。
世間の様子がどんな感じか実際に見て、探る事も簡単に出来そうではないか。
そうなると話は変わってくる。
久しく感じていなかった俺の好奇心が刺激された。
「お姫様、…ちょっと影で外に行ってみよう」
『…普通に出れば良いのでは?』
「いやいや、…ほら、爺さん達に心配かけるかもしれないだろ…」
影の移動だなんて、なんて厨二心をくすぐられる響きなのだろう。
お姫様からはちょっと呆れたような空気は感じたが反対の言葉は無かったので承諾したと受け取った。
あまり長時間離れると、爺さん婆さんに気付かれて本当に心配されるかもしれない…。
とりあえず、影に入ったまま何処まで行けるのか確認しよう。
少しだけ試してみるつもりだったのだが…。
これはすごいな。
影の移動の速い事、速い事。
何やらスィーと移動できる。
都らしき所にもあっという間に着いた。
屋敷から近過ぎず遠過ぎず、程良い距離感である。
北端には大きな帝の住まいがあり、その付近には高貴な方々のお屋敷がいくつか並んでいた。
そこから離れるに従って建物も小さく質素になっていくので身分も下がっていくような感じだろう。
真ん中に大きな通りがある。
下がるに連れて庶民が増え、商人などの売り歩きも増えていく。
そして、更に離れるとさびれた貧相な家となり、以前の爺さん婆さんのような雰囲気の者達の住処となるようだ。
今日は服装が服装なので姿を現す事は出来ないが、人々の声も聞こうとするとよく聞こえる。
高貴な家に勤める者達の話も聞けるし、なんなら不法侵入も余裕で出来そうだ。
今流行りの噂話から商店のどうでも良い内緒話まで聞こうと思えば内容が知ることが出来る。
なんて便利なんだ。
ひとまず、今日の所は時間もないので都を一回りして屋敷へと帰ることにした。
「お姫様、楽しかったな。」
『…それは、良かったですね』
大満足な俺に対して、複雑そうな声で返事が返ってくる。
「あれ、お姫様は楽しくなかったのか…?」
『…人々の生活は多少興味深くはありました』
お姫様もとりあえず嫌では無かったようだ。
「次は服も変えて実際に歩くのも良いな…」
『…また行くのですか』
ちょっと呆れたような声ではあったが、反対はされなかったのでこれも承諾したと受け取ることにした。
その日から、爺さん婆さんが居ない隙に外へと出掛けるようになった。
裳着以降は爺さん婆さんも色々と今迄には無かった付き合い等で忙しそうだった為、ちょうど良い。
婆さんの服を借りて市女笠という頭に乗せるカーテン付きの笠を付ければ顔も見えないし、誰かもわからなくなる。
出来れば動きやすい男服を着れたら良かったのだが、そうすると顔を晒さないといけなくなるから仕方がない。
いくら影が薄くても声を掛けたら顔を見られてしまうからな。
「美人もたいへんだな」
『…』
俺の素朴な感想に答えは返ってこない。
…そして…災難は忘れた頃にやってくる。
いや、忘れてたというか忘れていたかったというか…。
「かぐや、なんと石作皇子殿の使者がこれより仏の御石の鉢を探しに旅立つとの便りを持ってきたのじゃ…」
爺さんの知らせにため息を吐きたくなった。
「…良かったですねぇ。
きっと天竺に旅立ってでもカグヤをお嫁に欲しいと思っているのですねぇ」
爺さんも婆さんも嬉しそうだが、俺の気分は最悪だ。
つーか、わざわざ報告なんてしないで勝手に行けば良いのに…。
『本当に探しに行くとは…なかなか見どころがありますね…』
いやいや、あきらかに怪しいだろ。
それに、感心しているようなセリフの割に声が暗い。
「…見つかると良いのぉ」
「…そうですね。カグヤの為に見つけてくれると良いですねぇ…」
『…』
いやいや、見つからない物だからこそ言ったんだ。
見つけて貰ったら困る。
それにイシツクリノミコなんて名前、俺の記憶にはない。
きっと、さっくり失敗する奴に違いない。
「お爺さん、お婆さん、少し部屋で独りになりたいのですがよろしいですか…?」
爺さんと婆さんは顔を見合わせている。
「…大丈夫ですよ…きっと成功して持って来てくれるますからね」
「そうじゃ。かぐやの為なら、きっとなんとしてでも持って帰って来てくれるじゃろう。」
いや、そっちの心配はまったくしてない。
俺、結婚したくないって言ったよな?
別に宝が欲しかったわけではないのだか…。
…。
…コミュニケーションの難しさを改めて感じる。
「…失礼します」
とりあえず、曖昧に笑いつつ爺さん婆さんから離脱する。
そして、さささっと部屋に移動すると、簾を垂らし中を見えない様にする。
「よし、お姫様。いしつくりのみこって奴の所を見に行こう。」
『…は?』
俺の誘いにお姫様から間抜けな声が聞こえる。
「本当に御石の鉢を探しに行くのか…何処まで本気か、ちょっと見てこようぜ」
『…な、…本気ですか?』
「いや、ここで待ってても仕方ないし。
もし本気だったら、俺は結婚する気ないのに無駄に行かせるのも可哀想だろ。
…本気だった時はきちんと詫びつつ断ってこれば良いしな…」
いくらしつこい求婚に迷惑していても、さすがに本気で想ってくれる相手に、失敗するってわかってるのを無駄に行かせるのも可哀想だろう。
『…』
返事はないが、お姫様は何やら考えているようだ。
『…そうですね。確かに…そうかもしれません。
…行きましょう』
おぉ、珍しくお姫様が行く気だ。
…良かった。
あるかわからない物の為に旅立つなんてそんなに私と結婚したいのですね、嬉しい!…って、言い出されたらどうしようかとちょっとだけ不安だったのだ。